「九久津くん。あとは私が話すわ」
アスファルトを弾く音の中から柑橘系の匂いと女の人の声がした。
「繰さん」
九久津が振り向くのと同時に俺も振り返る。
さっき校長は後日話すからとなにも教えてくれなかったのに……。
もしかして俺が自分から九久津にいろいろ訊くのを待ってたとか、か?
「校長……?」
「沙田くん。さっきは驚かせてごめんね?」
「えっ、いや。とりあえず話さえ聞かせてさえもらえれば……」
「わかったわ。九久津くんは理由を知ってるだろうけど、まあ一緒に聞いてね?」
「はい」
九久津がそういったあとに校長は細めの眉がキリっと上げ険しい表情になった。
話すのを躊躇っていた様子だったけど、上唇が重力に勝つとそこからはスムーズに話をはじめた。
「戦後、学校を建設するのには地価が安くて広い土地が必要だったの、それが理由で多くの墓地跡地が選ばれた。これは都市伝説でもなく、まぎれもない事実なの」
「それは聞いたことがあります。でも、あれって本当だったんですね?」
「ええ。経済的観点から見ても理に適ってるわ」
「でもね。やはりそういう場所には淀みが溜まる。悪い気や、瘴気なんて呼ばれるようなもののことね。そしてそれは気体のように上昇して停滞するの」
「だから最上階にあんな場所が?」
「ええ」
校長はコクリとうなずき――その淀みの影響でアヤカシが産まれる。とつづけた。
俺のいった――だとしても。と重なった。
最上階の四階に淀みが溜まったところでそれがどうなるんだ? あっ、それがあの人体模型とヴェートーベンになるのか?
「沙田くん。きみを四階に呼んだ理由を話す前に六角第三高校の校長に会ってきてほしいの、そっちのほうが話が早く進むと思うから」
「えっ? 六角第三高校って俺の転校前の高校ですけど……?」
「ええ。そう、そして、そこの仁科校長に会ってきてほしいの」
「六角第三高校にもなにか秘密が?」
「それはいってたしかめて。すぐにとはいわないけれど近いうちに。いくまでの交通費は私があとで払うから」
「わかりました」
「仁科校長にはもう話はとおしてあるわ……」
「はい」
なんか妙な流れになってきた。
もしかして俺は今まで知らず知らずのうちにアヤカシに関わってたのか? 「シシャ」もアヤカシに含まれるんだよな……。
「ということで今日はここで解散。ふたりとも気をつけて帰ってね!?」
校長は俺と九久津を気遣ったのかポンと背中を叩いた、なんだかよくわからないけどいくしかない。
「あっ、はい」
「俺はこっちだから。じゃあな沙田」
「おう。じゃあ、また明日」
九久津は校長に一礼すると「六角駅前行き」のバス停へと歩いていった。
俺の生活にとつじょ訪れた非現実。
九久津はそれを和らげるクッション役だったのかもしれない。
なんとなくだけどそう思った。
九久津の背中が見えなくなったあと俺も校長に挨拶をして「六角第四高校前行」きのバスに乗った。
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