俺がつい一ヶ月前まで在籍していた「六角第三高校」俺は今その屋上にいる。
昨日校長にいわれたから、さっそく放課後になって「六角第三高校」にきてみた。
俺はなるべく物事を先送りにしたくない性格で慎重にしなければいけないこと以外はすぐに動く主義だ。
屋上は縦に十五センチほどのコンクリートで囲まれていて、その上はところどころ擦り切れたりサビだりした転落防止用の金網のフェンスで覆われている。
最上部はねずみ返しのようになっていて人はまず、よじ登れないだろう。
経年劣化したコンクリートの上には数日前に降った雨がまだ乾ききっていなくて大小さまざまな水溜まりがある。
てか、この屋上の寂れ具合からいくとぜんぶの水溜まりが蒸発るまでは時間がかかりそうだ。
久しぶりに戻ってきた「六角第三高校」だけどとくに変わり映えはしなかった。
……というのも心が修学旅行から帰った実家のようだったからだ。
懐かしいというか落ち着くというか、とにかく体が軽い感じがする。
「六角第一高校」の短期留学から戻ってきた感覚。
それに今、俺の目の前には「六角第三高校」の校長である仁科校長もいるし。
校長は頭部がすこし淋しいという俺の勝手なイメージ……それはこの仁科校長が俺の校長像だからだ。
ごめんなさい、他校の校長先生たち。
それを考えると「六角第一高校」の寄白校長は想像だにしない奇跡の存在、いや、まあ年齢性別が違うんだけど。
「……寄白校長から話は伺っております」
仁科校長は腰のうしろで手を組みながら話をはじめた。
きれいに整えたヒゲを伸ばしていて相変わらずのダンディだ。
中肉中背の五十代半ばだけど、身なりもきちんとしてる。
良妻賢母の奥さんがいると全校集会でよくいってたっけ。
「あの~この学校にも六角第一高校のような四階の階層トリックがあるんですか?」
「あっ、いえいえ。うちの学校はいたってふつうの高校ですよ。ただ他校同様に学校の七不思議はありますけど」
「あ~僕が居たころにもいくつかは聞いたことがあります」
俺がいたときにも六角第三高校の学校の七不思議はあったけどぜんぶは知らないんだよな~? 七不思議なんて自ら進んで探らないとあんまり気にすることもないよな……。
そもそも七不思議製作員会のようなオカルト研究会みたいなのがないと気にも留めない。
「学生なら誰でも一度は耳にするかもしれませんね? さあ、こちらへ」
俺は穏やかな雰囲気の仁科校長に金網のフェンスの近くまで案内された。
仁科校長は「のそのそ」と「すたすた」の中間くらいの速度で歩いていった。
「町を見てみてください」
俺は金網の網目に手をかけて針金が菱形に交差してる隙間から校庭をながめてみた。
なにげない学校生活が見える、本当にふつうの学校のワンシーンだ。
「この屋上から六角市内を見渡せるんですよ。知ってましたか?」
「知りませんでした。そもそも六角第三高校の屋上って文化祭とか部活の大会のときに垂れ幕を下ろす以外は入れないじゃないですか?」
「ああ、そうでした。金網の向こうを見る機会なんてそうそうないですよね?」
「はい」
「すみません。訂正させてください」
「あっ、いえいえ。そういう間違いもありますよ」
「そういっていただくと助かります」
仁科校長はそう謝りながら金網の向こうを指さした。
「もっと遠くを見てみてください」
俺は、その言葉にうながされて目元に金網の跡がつくほど顔を密着させた。
目の周囲を縁取るようにして金網が食い込んでくる。
じゃっかん、痛てー。
目を凝らして学校の敷地より奥の景色をながめる。
屋上の風は俺の見開いた目を容赦なく乾燥させていく。
目がシパシパする……あれ? なんだ? 瞬きしても景色が途切れない。
誰の視点だ? ……まあ、いっか。
「おお!! スゲー本当だ」
一年とちょっとしか通学ってなかったけど、全然、気づかなかった。
って、さっき仁科校長と話したけど、ふだんは一般開放されてないんだから特別なことがないかぎり生徒は屋上に上がることはない。
当然、こんなふうにここから景色を見ることもない。
ずーっと奥に守護山が見えた。
「ちなみに六角第一高校以外の市立高校はすこしだけかさ増しされた高台に建っているために市内を見渡すことができるんです。ただ六角第一高校だけにはゆいいつ屋上がありません」
「そ、そうだったんですか? まあ、六角第一高校に屋上がないのは四階がああなってるからですよね?」
「ええ、そのとおり」
「この町の謎みたいなものは他校の校長もみんな知ってるんですか?」
「えーと、そうですね。私と寄白校長。それと他四校の市ノ瀬校長、佐伯校長、五味校長、武藤校長。教育委員会をはじめとした教育機関も公認の事実です。というのも六角市は代々寄白家に守られて統治されてきたんですよ……」
「六角市にはそんな歴史があったんですね?」
「はい。沙田くんが転入したのもじつは寄白校長の計らいでして……」
「えっ? ……というのは?」
「…………」
仁科校長はうつむき一度、唇を噛んだ、そして舌で唇を潤してからまた話しをはじめた。
顔をこわばらせて無意識にヒゲに触っている。
「まことにいいにくのですが、きみのお父様の急な転勤もじつは寄白校長の辞令だったわけです」
「えっ? あの、ぜんぜん意味がわからないんですけど……」
うちの親父の転勤と寄白校長になんの関係があるんだ。
どっかに接点でもあったのか? 沙田家と寄白校長だろ、どう考えても繋がりなんてないぞ。
「六角市は寄白家の会社【株式会社ヨリシロ】が絶大な力を持っています。そして沙田くんのお父様が勤務する会社も【株式会社ヨリシロ】関連会社なのです」
【株式会社ヨリシロ】って、ああ、「六角第四高校」の工事やってる会社じゃん。
あっ、そういや、あそこの看板に「寄白」って漢字見かけたな。
あれが寄白さんと校長のところの会社だったんだ、あの日からぜんぜん気にしてなかったな。
「そうなんで……す……か……? 親父なんもいってなかったんで……」
あっ!? そ、そっか別に親父が市内で転勤したって家まで引っ越さなくてもいいんだ。
それに俺まで転校する必要がない。
父親がただ面倒だから家族で【北町】まで引っ越したのかと思ってた。
……というか俺を「六角第一高校」へ呼ぶために家族ごと引き寄せたってことなのか?
「つまり僕が必要だったということですか?」
「はい」
仁科校長はまた唇を噛みしめてうなずいた。
申し訳なさそうにしてるけど、仁科校長にはなんの責任もない。
大人の事情ですこしだけ人生を変えられた俺に同情してくれてるみたいだ。
あれっ? でもおかしいぞ? 俺は「六角第四高校」に通学するはずだったのにあの解体工事だ。
寄白校長が俺を必要とするなら最初から親父を「六角第一高校」付近に転勤させればいいのに。
よりにもよって現在工事真っただ中の「六角第四高校」の近くなんて。
……しかもその工事をしてるのも寄白校長の家だ、どういうことだ? そこを逆の視点で考えるとなにか特別な事情で、俺を「六角第三高校」から遠ざけたかったという憶測も成り立つ。
転勤のピークといえばふつうは春だ。
だからこそその時期は転校も多いし新入学の関係で「シシャ」の話題も多くなる。
「あの……その理由は?」
ここはストレートに訊くにかぎる。