第29話 【七不思議その四 誰も居ない音楽室で鳴るピアノ】 【七不思議その五 飛び出すモナリザ】


俺は今「六角第一高校いちこう」四階の廊下にいる。

 放課後だけど、もう夕方と呼んでもいい時間だ。

 「真野さん。えっと、あの、真野絵音未さんに会ったよ。自分がシシャだっていってたけど……」

 

 「六角第三高校さんこう」にいってからようやくまともに寄白さんと話せる。

 俺はまた寄白さんに――知らなくてよ。と、はぐらかされるのかと思いながら訊いた。

 まあ、今の寄白さんはポニーテールだから口調は違うけど。

 「そうよ。あんたの転入初日の朝に教えてあげたでしょ?」

 え、ええー!? 

 今日だけそんなあっけなく認めるかな~。

 この我がままっ娘め!! 

 当然口調は荒いけど。

 たしかに、俺が転校してきたまさにその日――今日現在のシシャは六角第五高校の真野絵音未さんでしてよ。といってた。

 でも、それをそのまま信じるやつはいないと思うけど。

 「そ、そうだけど、あの娘は何者なの?」

 俺はこの流れで聞きそびれてた質問をしてみた。

 「シシャ」であることはわかってる、でもそれ以外のことはなにもわからない。

 俺はあのあと屋上から仁科校長のいる「六角第三高校さんこう」の校長室に寄ってみたけど、他にはなにも教えてもらえなかった。

 というより寄白校長の許可待ちという雰囲気でそのままおとなしく帰宅した。

 「さだわらし。真野絵音未のことを知りたいと?」

 「そう」

 

 まあ、寄白さんがきちんと質問に答えてくれるとも思ってないけど。

 「……真野家は寄白家にずっと仕えてきた有史からの家臣。そして代々のシシャは真野家が匿ってきた……と、されてる」

 えー!! 

 そ、即答かよ!? 

 しかもスゲー重大な話だったぞ。

 でも、新たな事実が判明した……六角市にたしかに「シシャ」は存在していた。

 町の不文律言い伝えはやっぱり本当だったんだ。

 「そして俺の家。九久津家は寄白家の補佐役をずっと務めてきた。そうやってこの六角市ちいきの平和を守ってきた。だから寄白家、九久津家、真野家は三竦さんすくみの関係と呼べる。それぞれの家に得手不得手もあるから。……ただ本当は三竦ではなく四角関係だったとか。最後の一族は忽然こつぜんと歴史から消えたらしい……」

 九久津は六角市の歴史を踏まえて説明してくれた。

 九久津も「シシャ」の正体を知ってたのか、って当然だよな。

 じゃなきゃ七不思議制作員会だ、アヤカシだっていう話を俺にしてこなかったはずだ。

 俺は六角市で生まれ育ったのに、この町のことをほとんど知らない。

 そこには株式会社ヨリシロのことを知らなかったこともふくまれている。

 いや、寄白さんや九久津たちしかそんな秘密は知らないだろう。

 また、すこしだけど謎が解けていった。

 「むかしそんなことがあったんだ……」

 「ああ」

 四階の音楽室から暗いマイナー調のクラシック音楽が流れている。

 まるで低音だけで作曲したように重苦しい音だ。

 やがて無差別に鍵盤を弾くような不協和音に変わった。

 ――ダンダン、ダンダン。と八つ当たりしているような連弾だ。

 これも七不思議のひとつである【誰も居ない音楽室で鳴るピアノ】か……。

 鍵盤の左側の低い音階だけを行ったり来たりしている音が響く。

 「今日はやけに闇が深いな」

 ポニーテール姿の寄白さんは辺りを警戒しながら、後方に手を差し出して俺のいく手を遮った。

 この手より前は危険ってことか。

 もう、この雰囲気で理解できる、ヤバイことが待ってるに違いない。

 「さだわらし!! まだ、動くなよ!?」

 うわ~相変わらずアタリがキツい。

 しかも俺は「さだただし」だっつーの!!

 「は、はい」

 

 なんかこの展開にも慣れてきた。

 いちばん最初に四階にきたあの日と数日前の「シシャ」の経験があるからだ。

 俺の適応力もなかなかのもんだな。

 ご先祖様も退魔的なことをやってたという話を聞いたことがある……ような……ないような。

 戦ったのは「がしゃ髑髏どくろ」だっけ? その血を受け継ぐなら、俺が順応するのも早いかも、なんて。

 

 ――バーン!!

 

 もの凄い爆発音が俺らの耳をつんざいたと同時に四階の廊下が揺れた。

 俺の足元から膝にかけても振動が伝わってきた、地震でいうなら体感で震度二くらいか? それからすぐだった。

 美術室のドアが蹴破られたように飛んできて石膏せっこうの壁にぶつかった。

 なんだ? 壁に大きな穴を開けた美術室のドアは廊下でガンガンと二回バウンドして右角が欠けた。

 さらにドアは廊下を転がりまっぷたつに割れた。

 不気味なピアノのBGMはなおも鳴りつづけている。

 しだいに音のテンポが速まると美術室からレプリカで見たことあるモナリザが颯爽と飛び出してきた。

 お~美術の教科書で見たのと同じだ!! 

 上半身だけだけど。

 けど実物は……思ってたより大きいな。

 俺は意外と冷静だった。

 そういえばモナリザのモデルって男説おとこせつってのもあるんだっけ? いまから何百年も前のことだと、たまに世界史や日本史でも聞くように性別不明ってのは多いかもな。

 モナリザは鎖の解かれた犬のように一目散に寄白さんへと駆け寄ってきた。

 寄白さんはそのままモナリザの頭を撫でている。

 あ、あなたはモナリザの飼い主ですか?

 「いろいろあったね~ああ、辛かった辛かった。さあ、私にぜんぶ話してごらん?」

 うわ~テンプレ共感してる。

 これテレビでよく見る泣き落とし的なやつだ。

 寄白さんは猫かぶりの優しさを見せていた。

 それで隙をみて退治するってことか? モナリザは一度はうんうんとうなずき心を開きかけたようだったけど、そのまま寄白さんの脇をスルリとすり抜けていった。

 上半身だけで宙を浮遊していたモナリザが突然甲高い笑い声を上げて、廊下を彷徨さまよいはじめた。

 ――キャハハハ!!

 モナリザは美術室の前でぴたりと止まると、洗濯機の中の洗濯層の渦のように高速回転した。

 それは小さな竜巻のようだった。

 うわ~あいつ、よく、目回らねーな? しだいに渦が立体化していくと二次元から三次元に写実補正されたモナリザが現れた。

 

 「うわぁぁぁぁ!! な、な、なんだ!!」

 

 俺はおもわず叫び声を上げてしまった。

 こ、こんな状況、やっぱ、そう簡単に慣れるもんじゃない……な……? 顔がリアルすぎて、こ、怖えー。

 なにより目が死んでる。

 すげー無機質だ、生きてる人間のじゃねー。