第30話 VSモナリザ


「九久津。塩の五芒星で囲め!!」

  

 寄白さんが九久津に指示を飛ばした。

 ぴったりと息の合った動きで、九久津はそれを聞くより早く寄白さんが示した方向へと駆け出していた。

 

 「OK。美子ちゃん」

 九久津は制服の内ポケットから塩の入った小袋をとり出した。

 あっ、そっか、「六角第一高校ここ」の生徒はお守り代わりに塩を持ってるんだっけ。

 俺も塩盛られたしな、でもあの塩ってじっさいに使えるんだ? てか、こういう最悪の場面に出くわすかも知れない事態を考えてたってことか。

 本当・・に生徒の安全のためにみんなに塩を携帯させてたのかよ? スゲー!!

 塩化テロのことは水に流してやるか。

 けど、俺って塩は盛られたけど、俺、専用の塩をもらってませんけど!?

 どこで手に入れるんだよ?

 

 「九久津は右から回り込め!?」

 

 「了解」

 九久津はバスケット選手のように体を反転させた。

 人体模型のときの寄白さんのように九久津の俊敏性しゅんびんせいも人間離れしてる気がする。

 俺が「六角第一高校前いちこう」のバス停まで歩いてるときも知らないうちの俺の背後にいたしな、やっぱり九久津もスゲーな。

 「私は左にいく!!」

 「さだわらし。おまえは適当に机を持ってきて。そこに置け」

 

 えっ!? 

 寄白さんは俺にあごで指示した。

 お、俺も指名されたってことは戦力に数えられてるってこと? 寄白さんの目線とあごのさきは美術室を示している。

 

 「はっ? えっ、あっ、ああ、わかった」

 机になんの意味があるんだ? 俺って完全に雑用係だな。

 寄白さんはもう別の方向を見ている。

 俺は恐怖におののきながらも行動でた。

 でも、すこしずつだけど恐怖心が薄れてきてる気がした。

 それは俺が寄白さんと九久津を頼りにしてるからだと気づく。

 ここ四階は「六角第一高校いちこう」の一、二、三階を模倣まねた造りで美術室、理科室、音楽室など学校の七不思議にまつわる部屋と中身が簡易的に再現されている。

 美術室はさっきモナリザがドアをぶっ壊したから教室の中が丸見えだった。

 俺は部屋の中に入って手ごろな机を探す。

 へ~本物の教室にそっくりだ。

 机なんてどれでも同じだよな……? う~ん優劣つけがたい、どれにするか。

 だいたいなにをもってして机の上下ランクが決まるのかがわからん。

 「まあ、これでいっか」

 俺は教室のうしろにあったなんの変哲もないごくふつうの机一脚を両手で持った。

 持ち上げた瞬間に意外と軽いことに気づく、そうなんだよな~机自体はそんなに重くないんだよ。

 なんに使うのかわからないけど俺はその机をハンドバッグのように腕に掛けた。

 そうすれば逆の手でもう一脚を持つことができるから。

 なぜか多いに越したことはないと思って機転を利かせてみた。

 これが正しいのか間違っているのかわからないけど……。

 俺は両腕に机を抱えたまま廊下に出て、寄白さんと九久津の戦闘を他人事のようにながめた。

 モナリザって絵だと上半身だけだけど、写実化すると下半身もあるのか……って当たり前か? 

 おっ!? 

 だがモナリザが裸足とは新たな発見だ。

 あ~そっかモナリザのモデルが生きていた時代にまだ靴下なんてものは存在しないのか。

 歴史的大発見!!

 靴くらいはあっただろうけど、今はどのみち素足だ。

 九久津は囲い漁のようにして点々と塩をいていた、そしてモナリザをある地点まで追いつめる。

 寄白さんと九久津は阿吽の呼吸だった。

 モナリザはふたりの連係プレーでの悪いボクサーように廊下の端へと追いやられていた。

 寄白さんと九久津の関係性ってこいうことか。

 俺は、寄白さんに「そこ」といわれた場所まで机を――ガチャガチャ。音を立てながら運んでいく。

 そこに机一脚を立てて置き、もう一脚はすこし間をあけ寝かせて置いた。

 用途不明だけどこんなもんでいいだろう。

 俺なりの考えでオブジェでも設置するように机の向きを微調整してるとモナリザがこっちに迫ってくるのがわかった。

 「うわぁぁ!!」

 な、なんで!?

 モナリザは寄白さんと九久津に追いつめられてたんじゃないのか? 廊下の隅に目をやると九久津はある個所だけ盛り塩をし損ねていて五芒星を作っていなかった。

 く、九久津ダメじゃん!?

 なにしてんだよ。

 モナリザはわずかに開かれた隙間を縫ってこっちに向かってきていた。

 俺はそれに気づき反射的にあとずさる、上履きのかかとが机の脚にコツンと当たった。

 ヤバッ!! 

 なんかヤバイ……感じ……がする。

 俺はさらにうしろを確認してからモナリザに背を向け脇目も振らずにダッシュした。

 でも、やっぱり、気になって、一度振り返ってみる。

 まうしろからものすごい勢いでモナリザが近づいてきていた。

 あっ、ダメだ。

 追いつかれると思って、俺はとっさに両手をクロスさせ無意識に防御態勢をとった。

 そのとき俺の目の前で――ボキッ!!っと金属となにかが鈍くぶつかる音が聞こえた。

 「いったぁぁぁ!! 小指がぁぁぁ!!」

 えっ!? 

 な、なんだ? モナリザは机の脚に小指を激しく打ちつけていて足の小指を押さえながらうずくまっていた。

 顔面を紅潮させながらも息をフ~フ~と吐き痛みに耐えてるみたいだ。

 ぶつけた場所に全力で息を吹きかけるから頬がソフトボールの球のように膨れたりしてる。

 「足の小指の防具があれば机の角にぶつけても平気なのにな!?」

 よ、寄白さん、そ、そんなに挑発しないほうがいいんじゃ? ……ん? ……ん? あああぁ!?

 小指の防具って俺の弁当に塩を盛ったときの意味不明な言葉。

 も、もしかしていつも無意識に戦闘をシュミレーションしてたとか? そんなものを背負って毎日過ごしてるの……か……? でも朝のホームルームでも壁を叩いたりしてアヤカシの出現予測してるってことはそういうことだよな。

 寄白さん、それに九久津。

 なんとなくわかってきたよ、ふたりがどんな心構えで毎日を過ごしてるのか。

 いや、過ごしてきたのか。 

 モナリザは欠けた塩の五芒星をすり抜けてトップスピードのまま机に小指をぶつけていた。

 それは完全に九久津の計算だろう。

 なぜなら九久津はモナリザの背後の回り込んで黒いワンピースの裾を握っていたからだ。

 モナリザがその方向に進んでいくことを見越してやったんだ。

 

 「作戦。成功」

 九久津が涼し気にいった。

 九久津たち・・の作戦はこうだ。

 寄白さんと九久津が左右から挟み込み塩でモナリザの進路を塞いでいく。

 そして、ある場所にだけ塩を盛らずにモナリザの逃げ道を用意しておく。

 モナリザはまんまとそこから逃だして俺の方へと直進してくる。

 机という障害物があるからそれを避けようして飛んだところを九久津が高速で追っていってモナリザのスカートの裾を掴む。

 モナリザは思ったよりもジャンプできずに机に足を強くぶつける。

 

 九久津は手に持っていた塩を取組とりくみ前の力士のように振り撒いた。

 モナリザの体にパラパラと塩が降り注ぐと全身のあちこちで静電気のようにパチパチと小さい火花が散っていた。

 小さいながらも塩でも直接ダメージを与えられるんだ? 塩って案外有効な武器なんだな。

 モナリザはワナワナと体を震わせている。

 九久津は最初からこれを狙って……あっ!? 

 でも、机を持ってこいっていったのは寄白さんだ。

 あのふたりは体を動かしながら瞬時にこの作戦を考えたのか。

 「もう、終わりだね」

 

 見るからに百戦錬磨の寄白さんは耳に手をかけて十字架のイヤリングを掴んだ。

 まるで死刑へのカウントダウンのように一歩、また一歩とモナリザに近づいていく。

 スゲー!!

 だが寄白さんがモナリザの前、つぎの一歩を踏み出そうとしたときだった。

 「美子ちゃん。ブラックアウトだ!!」

 

 冷静な九久津が鬼気迫る表情で叫んだ。

 「なにっ!?」