第35話 She is 「シシャ」


「六角市の市立高校それぞれのエンブレムが五芒星なのは知ってる?」 

 「はい。当然知ってますよ」

 そう俺が今通っている「六角第一高校いちこう」のエンブレムなら五芒星の中は「一」の刺繍になる。

 他校も「六角第二高校にこう」なら「二」、「六角第三高校さんこう」なら「三」のように五芒星の中の数字が変わるだけ。

 俺のスクールバッグはまだ「三」のままだけど。

 「各校の建立ある点を五芒星ペンタグラムとして。その五芒星を六つ結んで六芒星ヘキサグラムを作る。それが町の結界となってアヤカシの出現を抑制しているの」

 「ろ、六角市にそんな秘密が……」

 そっか仁科校長は俺にそれを知らせたかったのか。

 でもこんなことはふつうの市民は知らない。

 人知れずに寄白さんや九久津たちがアヤカシと戦ってくれてるから六角市民は平穏に暮らせてるんだ。

 「それにね。シシャの正体は……み、あの、その、み」

 

 校長が突然しどろもどろになって話の流れが途切れてしまった。

 「み、美子なの。シシャは」

 また話が難しくなってきた……だって「シシャ」は真野さんって話だったはず。

 それに俺が会ったときも真野さんは人間じゃないと思った。

 校長はなにをいいたいんだろう? 俺はかれこれ一ヶ月寄白さんのクラスメイトをやってきてるけど寄白さんはれっきとした人間だ。

 「六角市の不文律。シシャとは美子のことなの」

 

 校長の話は切り取った言葉のペースト先を間違えたように支離滅裂になった。

 寄白さんが「シシャ」? たしかに真野さんと顔はうりふたつだったけど。

 校長が身振り手振りでなにかを伝えようとしてるけどいっこうに核心には辿り着かなかった。

 「でも真野さんがシシャなんですよね?」

 

 俺もとっさに言葉を返していた。

 「それも本当よ」

 わからない謎が謎を呼ぶとはこういうことだ。

 「私たち寄白家。といっても美子のことなんだけど。美子はアヤカシを退治する使いの者。つまり使者・・としてアヤカシを退治してきたの。いわゆる正の立場としてね。でもその戦いの中でどうしても生成されてしまう不純物がある。それが死んだ者イコール死者・・なの。だからシシャは絶対に対極の存在が生み出されてしまう。その死者を真野家が匿ってきた。いいえ、そういう仕組みの使者・・だから真野家が死者・・を隠す役目として存在してきた」

 ――私はシシャ……死んだ者。イコール“死者シシャ”……負の集合体が私。寄白美子とはついの存在。光と影。相反そうはんのシシャ

 真野さんのいってたあれはそういう意味だったのか……。

 使者と死者。

 対の存在、光と影か。

 校長が疲れた表情で一度息を吐き額の汗を拭った。

 「負の象徴である死者を一ヶ所に留めることはとても危険なの。真野絵音未かのじょ自身がなにもしなくったって真野絵音未かのじょからの負の影響を受けてしまう一般人は必ずいるから。だから現死者である真野絵音未は六角市の高校を回遊しなければならない」

 「ああ、それで……学校を転々と」

 「六角第四高校から瘴気が洩れているから沙田くんにバス通学をしてもらった。それはすこしずつアヤカシに慣れてもらうため。さっきもいったけど一般人であれば負の影響を受けてしまう。けれど沙田くんはその逆でそれがきっかけでもっと早く能力が開花すると思ったの。四階で実在するアヤカシを見てもらいたかったし、これからさきの知識としてシシャの正体も知っておいてほしかった。本当はもっとゆっくりでもよかったかもしれないんだけど」

 校長は両手を机について、俺にゆっくりと頭を下げてきた。

 「ごめんなさい。つまりは耐性をつけて沙田くんの力を覚醒させようとしたの。本当にごめんなさい勝手なことをして」

 校長は二回謝った。

 その謝罪は心の底からのものだとすぐにわかった。

 高校生の俺に向かってこんな真剣に頭を下げる理由なんてないから。

 「冷たい水に入る前にぬるい水で体を慣らすみたいなことですか?」

 

 「理論的にはそういうことね」

 明らかに校長は疲れていた。

 「まあ理由はわかりました。……過ぎたことはしょうがないです。頭を上げてください。そして本題を話してください。今なにが起こっているのか」

 こんなことをされても俺はなんでだか軽く受け流すことができた。

 なんでだろう? 庇護欲まもりたい、いや、かつて庇護欲まもっていた……? 懐かしい感覚、まあ、いっか。

 

 「正直私にもわからないの。九久津くんから最近アヤカシの様子がおかしいということはきいていた。私自信も六角市の様子がおかしいとも思っていた。でも、今までこんな経験をしたことはないの……。真野絵音未、いや死者がうちの四階にいる。それが今の現実」

 

 校長が深い溜息をつきしばらく目をつむった。

 二秒ほど経ったあと、なにかの答えに辿り着いたみたいだった。

 「……死者の反乱」 

 目を開いてぽつりといった。

 校長はとてつもなく焦ってるようだけど俺にはこの状況がそこまでの緊急事態だとは思えなかった。

 たしかに重要な話ではあったけど、特別俺の身に危険がないからだ。

 これは自分が安全であれば他人はどうなってもいいって意味じゃない。

 だってあの真野さんが、ただ今「六角第一高校うち」の四階にいるってだけだよな? 俺がじっさい「シシャ」に会ったときだって攻撃的なことはなにもされなかった。

 ただ寄白さんに似た顔のおとなしい女子高生で、危険人物にはまったく見えない。

 校長はなににそんな怯えてるんだ?

 「でも私のせいなのはたしかよ」

 「校長が真野さんになにかしたんですか……?」

 

 「死者は不純物の塊で死者から負の影響を受ける人はいても死者自身が直接誰かに危害を加えることなんていの……」

 

 だよな、俺が思ったことと同じだ。

 校長は両手で髪を掻き上げてから机の上に両肘をドンとついた。

 

 「あの、校長なにをいってるのかさっぱりわからないんですけど」

 

 「私が六角第四高校の解体工事を指示した……」

 

 校長は文字通り頭を抱えた。

 「だからバランスが崩れた……ちょっとした反抗だったのに……への」

 その小さくて細い声は俺に届く前に床に落ちて消えてしまいそうだった。

 「上」ってのはなんのことだろう? 校長よりも上の立場の人? 年齢が上って意味もあるか? でも、わからない。

 「バランス?」