第40話 オッドアイの「妃」


俺は驚きながらも、ただ弱った寄白さんをながめるしかできなかった。

 だけど体がひとりでに動く、俺は危険を承知で寄白さんと九久津のところへ駆け寄っていた。

 この行動に俺の意志がどれだけあるのかわからない? 誰かに動かされた感覚のほうが強い。

 「寄白さんの目の色が……う、薄れていってる」

 俺が見た寄白さんはいつもの負けん気がなくてか弱かった。 

 あのぽわんとした頬にもいくつも傷がついていて痛々しい。

 強気な口調で――さだわらし。と呼ぶいつもの寄白さんがいない。

 「美子ちゃんのに星が見えてただろ? あの五芒星はウィルスや細菌から体を守る免疫のようなものなんだよ。よくいう守備力ってやつさ」

 九久津は悲愴な表情で俺を見上げてきた。

 一生懸命に寄白さんの首を支えて抱き抱えている。

 寄白さんのこめかみに二本の赤い筋が見えた、さらに唇からも乾ききらない血がすーっと流れた。

 

 「美子ちゃん!?」

 九久津が呼びかけたけど反応がない。

 

 「寄白さんの瞳にもそんな秘密があったのかよ?」

 カラコンじゃなかったんだ……生まれたときからのあのだったんだ。

 「ああ……そうだよ。……美子ちゃん!?」

 九久津がこんなに慌ててるのを初めて見た。

 よっぽどヤバい状態ってことだよな? 校長も呆然としてるしどうすればいいんだよ?

 「九久津。もう、星がぜんぜん見えなくなってきたぞ?」

 寄白さんの星の輪郭は花がしぼむように縮んでいった。

 「わかってるよ。そんなこと!!」

 

 九久津は寄白さんを抱えたまま死者を睨んでいた。

 九久津自身がその行為になんの効果もないことをいちばん理解しているだろう。

 死者は無表情ながら余裕綽々よゆうしゃくしゃくでボクサーが相手を挑発するように体をクネクネと揺らしている。

 いつでもトドメは刺せるとでもいいたげだな。

 見えないけど死者の薄ら笑いが見えた気がした。 

 九久津は自分の胸元に手を当ててなにかをする仕草をみせた。

 なんだ……? 俺はそこで背筋が寒くなるほどの九久津の冷たい笑みを見た。

 ……切り札でもあるのか? でもこの背中の冷たさだって朝からの体調不良との違いがわからない。

 ――悪魔。

 九久津の口からそう聞こえてきた……。

 憎しみの対象に向けて――この悪魔。みたいなセリフをいうことがある。

 そういうことか? そのときまた寄白さんに異変がおこった。

 「九久津。今度は寄白さん目の色が、右と左で赤と青になってきたぞ!?」

 ――ベルレヴベルメフ。

 九久津はなにかの呪文のようなものを唱えていた。

 でも俺の言葉で九久津の手が止まった。

 俺、今なんか変なこといった……か、な?

 「えっ、どういうこと? オッドアイ? なんだこれ? 繰さん美子ちゃんの瞳が……」

 えっ、マジ!? 

 九久津でも知らないことがあるんだ。

 寄白さんと九久津はむかしからのつきあいだから、なんでも知ってるのかと思ってた。

 「美子はオッドアイで生まれてきたのよ」

 

 校長は顔を上げて寄白さんのそばまでいくと手を握った。

 寄白さんは校長の手を今できる精一杯の力で握り返した。

 手のひらが全力疾走したあとの膝のようにがくがく震えている。

 

 ――おい。騒然としてる俺たちの会話に寄白さんの弱弱しい声が混ざった。

 「さだわらし……いったいいつになったら本気出すんだよ?」

 「……えっ?」

 返す言葉もない図星すぎて心に棘が刺ささる。

 でも俺自身も本当にわからないんだ、俺にアヤカシと戦う力があるかどうかなんて。

 あっ、ダ、ダメだ、こんなときなのに、め、眩暈が……物が二重に見えてきた。

 この場から逃げたい理由づけか? こんなとこで仮病かよ? たしかに朝から体調不良はつづいてる。

 今だってそうだけど、でもこれで学校を休むかっていったら欠席やすまない。

 俺がこれほどダメ人間だとは思わなかった。

 さすがに自分に幻滅する。

 どこがふつうの男だよ、ふつう以下じゃねーか!?

 望めば奇跡が起こる、なんてことはねーか、やっぱり。

 「さだわらし真野やつを倒したらパンツくらい見せてやる……」

 

 寄白さんの消え入りそうな声だった。

 「……」

 

 こんなときに……なにいってんだよ。

 でも、いつもの寄白さんだ。

 俺を下僕にしてるあるじだ。

 あっ!?

 お、自分おれがふたりいる感覚。

 体の力が抜ける? 抜けるのは力じゃない……な、なんだこれは!?