ああ、い、う、ええ、おお、おっ。
よし、大丈夫そうだ。
たぶんこれで声を出すのと同時に口も動くはず、だ。
「あっ、あの」
俺はやっと口がきけるようになった。
「あっ、あ、あれはいったい?」
「沙田くん。ありがとう。沙田の力よ」
校長は俺の頭をなでながらその問いに答えてくれた。
ちょっと照れるな。
でも校長と寄白さんと九久津の力になれて心の底から嬉しいと思った。
あれがみんなが期待してくれた力、でも、なんで?
「……お、俺、あっ、あれが僕の力!?」
「そうよ」
「”死んだ死者”は”使いの使者”の不純物が具現化したものなの。でも沙田くんの場合は純正から純正を生みだし具現化させるもの。そのぶん溜まった澱を黒いエネルギーとして技に変える」
「そんなものを僕が……」
「それを生みだせるタイプの人がいるのよ!? 一般的な名称だとドッペルゲンガーなんて呼ばれるわ。ふたりめのきみ、すなわちⅡ。沙田くんはさらに自分を発現させたからそれが三人目のⅢ」
ふたりめの俺がⅡで三人目の俺がⅢ。
ドッペルゲンガー、か。
「みんなこの力を待ってい……た……?」
そ、そうだ!?
俺は子どものころに俺自身を見たことがあった。
思い返せば……変な存在に会ったときに感じる悪寒やトリハダの特異体質になったのはあれからかもしれない。
あっ、あれ!?
そういえば俺の体調不良すべてが消えてる? なんかいっきに高熱が下がって平熱に戻ったような爽快感だ。
晴れ晴れした感じ? 清々しい感じ? なんにせよ俺の体は絶好調だ。
そうか《見えるはずのない“雨”を見た》のも《螺旋階段で俺のキメ角度を俺が見た》のもすでに別の場所にⅡが現れてたからなんだ。
悪寒やトリハダ、眩暈なんかもⅡを生みだすための通過儀礼だったのかもしれない。
「あの校長。頭の中で本当の名前真名ってのを聞いたんだですけど。さだ」
俺は突然校長に力強く口を塞がれた。
うう、な、なんだ?
「それをいっちゃダメ!!」
かなり強い口調で遮られた。
「えっ、ど、どうしてですか?」
俺は口籠りながらも訊き返した。
校長はすぐに手をどけて自分の口元に人差し指を持っていった。
なるほどしゃべるな、と。
「むかしはね名前の漢字と字画を利用し呪術を施すなんて時代もあったの。そのために本名つまり真名を持つ者はそれを隠す習わしができた」
そ、そういうことか。
「それを御名隠しという」
「御名隠しですか……?」
「たしか御名隠しって邪馬台国が発祥だったはず。転生するたび真名を引き継ぐって兄さんがいってた」
九久津は口元に手を当ててなにか考えごとをはじめた。
「まあ、じっさいは転生というより遺伝といったほうが分かりやすいかな? ルーツ継承ってこと。ただ転生についてはまだまだ謎は多いから」
校長はそうつけたした。
「へ~」
転生ね、てか邪馬台国って弥生時代だよな。
つい一ヶ月前も歴史の授業で復習したし……卑弥呼か、寄白さんの真名も妃御子? これもバラしたらヤバいよな。
……ってことは寄白さんは卑弥呼の力を受け継ぐ者?
「御名隠しは先天的でも後天的でも特異体質な者に多いらしい。オッドアイの美子ちゃんもそうなのかもしれない」
九久津はそう推測したみたいだけど、九久津の頭ならすぐに寄白さんが卑弥呼だと気づきそうな気もするな……。
「美子のオッドアイが御名隠しに関係あるのかどうかは私にはわからないわ……」
まあ、とりあえず真実は俺の中にしまっておこう。
九久津が気づかなければの話だけど必要になったときに寄白さんに真名を伝えればいい。