【フキノトウの三階で摘んだ天然のラワンブキの果肉入りカプセル~ミント味~】
座敷童はそんなラベルの貼られたパウチを鷲掴みにしていた。
パウチを見ながら首を左右に傾げ、ただ食べ物ということが理解できたのか両手で開封こうとしている。
「開けるな!!」
九久津は慌てて座敷童に駆け寄ると、血相を変えたままパウチを持つ手を払った。
今の動きって戦闘並みのスピードだったような……。
九久津の行為は悪戯をした子どもを叱るようにも見えたけど、もっと違うすごみを感じた、なんか圧が強い。
これまた九久津の新たな一面、九久津がこんなに感情を出すのもめずらしい。
「九久津。子ども相手にそんな怒るなよ?」
「いや、あっ、ああ、わるい。でもそれは……子どもには毒だから……いや、違う、大人でも。というか俺、以外の誰にでも……」
九久津がそういったあとほんの一瞬間があいた。
なにをいってるんだ? でも、九久津にとって健康食品はセンシティブな話題でもあるんだよな。
「むかしざーちゃんにアメをあげたときミント味はイヤがってたから……」
九久津は言い訳がましくいった。
たしかにミント味だけど、あれも健康サプリの入ったパウチ、誰にも渡したくない独占欲か。
バスの中でも【ナスのヨナナス味】のグミを食べてたし反射的だとしてもあんな子どもに声を上げるなんて。
苦し紛れの言い訳……またトラウマが、でもしょうがないそれがトラウマなんだから。
「ざーちゃん。ごめんな」
九久津は申し訳なさそうに謝るが、座敷童は追っ手から逃げるようにして俺に抱きついてきた。
おっ、おう、ビックリした。
今にも泣きだしそうな顔で俺を見上げてる。
怖かったんだろうな。
「大丈夫だ。もう怖くないぞ」
声をかけると座敷童は俺の制服をギュっとつかんで全体重をかけてきた。
あうっ!?
「こ、腰っ!!」
子どもとはいえこの重さは腰にくる。
俺が顔を歪めて痛そうにしていると座敷童はその態勢から俺の腰辺りをのぞいて手のひらを当ててきた。
あっ、なんか蒸気で蒸されてるような温かみ、お~温泉に浸かってるような安らぎだ。
なんか癒されるな。
……ん? ……ん? ……ん?
「えっ!? な、なんだ。こ、腰の痛みが引いた」
「へ~。ざーちゃんって【サージカル・ヒーラー】の能力もあったんだ?」
九久津はスクールバッグにパウチを詰めながら関心している。
「知らなかったのか?」
「ああ。ざーちゃんがいるときに誰も怪我なんかしたことなかったし。ざーちゃん。ごめんな?」
九久津がもう一度謝ると座敷童はオーバーなほどに笑顔を見せてこくりとうなずいた。
そして俺の顔を見てまたパクパクとなにかをいった。
なんていったんだ? 最初は濁音っぽいな「だじずでど」のどれか? つぎは驚くように目を大きくしてなにか伸ばすような口の動きだった。
最後は「うくすつぬふむゆる」のどれかだと思う。
座敷童は元気を取り戻したのかまたペタペタと足を鳴らしてはしゃいでいる。
とたん鏡に躓き鏡をゴロンと倒した。
その鏡は一回転してフロアの床に突っ伏した。
座敷童は鏡に手を伸ばそうしたけど、視線のさきにあった別の鏡を見て静電気に触れたように瞬間的に手を引っ込めビクッと身を竦めた。
なんだあの鏡? 座敷童はすぐに壁へと体を翻し、そのまま壁をすり抜けていった。
「さすが子ども。鏡を倒して逃走。無邪気すぎ!! そのままレベルファイブまでいったりしないのか?」
「いや、それはない。レベルごとに結界の強さも違うから。ざーちゃんならレベルワンにもいけないと思う。そもそも希力の構成比が多いアヤカシがすきこのんで忌具に近づくとも思えない」
「そうなんだ。じゃあ大丈夫だな」
「どこか別の場所でも走り回ってるんじゃないか? 俺はここ何年もざーちゃんの姿を見かけてなかったし。てっきり他所の家にでもいったのかと思ってた……。今回もたまたま戻ってきただけかも……」
「自由人だな。ところでパンドラの匣がお菓子入れの答えは?」
「ああ、あれね。パンドラの匣はすでに旧約聖書で開かれてて災厄はもう飛び出してるから」
「あっ、そっか。だから今は空箱ってことか~?」
「そう。お菓子入れに使ってるってことは頻繁に開け閉めしてるってことをいいたかったんだよ」
あっ、開け閉めする理由ってなにげに座敷童のためじゃん!?
「まあ、ざーちゃんのためにアメがべたべたになったら取り替えたり定期的に管理してるんだ」
九久津はパンドラの匣をのぞいて底にあったアメ玉をひとつ握りしめた。
「なるほどな~」
それにしてもいつ戻ってくるかもわからない座敷童のためにおやつの管理をしてるなんてなんて優しい男だ。
……ん? 優しいイケメンって最強かよ!?
色んな表情を持つ九久津、また女子がキュン死するな。
「最初から中古のパンドラの匣っていえばわかりやすかったか?」
九久津は重そうなパンドラの匣のふたをまるで車のトランクでも閉めるように勢いよく閉じた。
重い金属の摩擦音がしたあとパンドラの匣はまたそこでオブジェのように佇んでいる。
「中古のパンドラの匣なんて言葉あんのかよ? けど、まあ、納得した。……んでこの鏡はなに?」
俺は座敷童が倒した鏡をふたたび壁に立てかけた。
この鏡もそれなりの重さがあって本格的な美術品だった。
「ん~と。これは……」
九久津はそれを鑑定するように鏡の表裏をチラッチラッっと数回確認した。
「パープルミラーだ。ほら、学校の怪談であったろ? 二十歳まで覚えてたら死ぬってやつ」
「おお。あったあった!!」
「鏡類は六角第一高校の七不思議で選外だったんだよな。そもそも校舎に鏡は多すぎる」
「ああ、わかる。保健室とか美術室とかな」
これは同意せざる得ないな。
鏡に負力が宿って七不思議が発動したら学校中がアヤカシだらけになるもんな。
七不思議制作員会の落選作品【パープルミラー】か。
「けどこれもフェイクだろ?」
なんとなく拳でつついてみるとコンコンと強固い音が鳴った。
とても安物だとは思えないけどな。
「このフロアにあるんだからそうだよ。けど、むかし本当に危険な魔鏡を見て怒られたことあったな~?」
「それはどうなったんだよ?」
「また保管したんじゃないか。兄さんが処理したらしいから。でもなぜここにあったのかは誰も知らないんだ、まさに不思議」
九久津は周囲を見回して――ちょうどこれに似た鏡だ。と、ある鏡に触れた。
それは忌具保管庫に入ってすぐ俺が気になった「A」と「C」というかすかに文字の読めた鏡だった。
それに座敷童が走り去る前にチラっと目をやった鏡もこれだ。
「それもガラクタだろ?」
「ここにあるんだからそうだよ。兄さんが名前をつけてたな。ACミラーだっけ?」
「え、ACミラー!? イ、イタリアの……?」
「沙田この鏡を知ってるのか? まさかイタリアの忌具保管庫にあった魔鏡とか?」
「い、いや違うよ。偶然好きなサッカーチームと名前が似てただけ」
九久津はサッカーにも興味なさそうだもんな、まあ俺もサッカーはゲームしかしないけど。
「そっか。って……おい沙田!?」
九久津は顔色を変えて俺の名前を呼んだ。
そして、一度息を飲み込んで俺の顔をのぞきこんできた。
な、なんだ?
「ん、なに?」
「おまえ……両目から血が……」
九久津は呆気にとられていた。
その言葉で俺も俺自身の両頬を伝うものに気づいた。
曇った窓ガラスに文字を書いたあとに水滴が垂れてくるような映像が思い浮かぶ。
指先で頬っぺたに触れてみるとたしかに液体の感触があった。
「なっ……なんだ? これ」
目には痛みも痒みもなんの違和感もないのに……指先を見てみると赤い涙がついていた。
このレベルゼロのフロアに本物の忌具があったとか……なのか……?
俺がここにきて関わった物といえばカラクリの壺、預言の書、パンドラの匣、そしてパープルミラー。
なにかに障られた? でも九久津だって同じ条件のはずだ?
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