第68話 幻のがしゃ髑髏


俺は今市役所の小会議室にいる。

 九久津の家から六角駅まで戻ってきて、そこから校長に今日の報告をしようと市役所に立ち寄った。

 六角駅で俺が校長に電話したときも――あとで。って感じで曖昧に話も終わったし。

 市役所内には大会議室のほかにも市民が手軽に個人単位で使える小部屋もある。

 校長はそこの小上がでポツンとしながらがっくりと肩を落としていた。

 こんな狭い部屋なのに校長が一回り小さく見える。

 といっても元々細身だからそんなに体が大きいってことではないんだけど。

 「……沙田くん。九久津くんの家どうだった……?」

 校長の声がかすれてる。

 短縮授業で下校してからわずか数時間しか経ってないのに校長は疲れきっていた。

 やっぱり査問委員会で偉い人に怒られたのか? どんより感がスゲー。

 俺は俺で血の涙を流すなんてこうばしい人になってしまったけどいわないほうがいいよな? まあ、九久津から校長に話がいったらいったでそれはしょうがないけど。

 でも、九久津がそんなに口が軽いわけがない。

 俺が直接校長に話す以外に伝わることはないだろう。

 今校長にいったら絶対に校長の負担を増やしてしまう。

 これはいわないが正解だ。

 「えっ、ああ、なんかすごかったです。いろいろと……資料も参考になりました。あれはきちんと破棄てましたので……」

 「そう」

 たった一言なのに校長の悲壮感がすごい。

 スゲー落ち込み具合だ、なんとかを持たせる話題を探さないと。

 ただしあんまり重い話は避けてっと……。

 おお!! 

 そ、そうだ九久津の家の報告にきたんだから忌具保管庫のことをいえばいいじゃねーか。

 

 「そ、そういえば、あのフロアゼロってずいぶん散らかってますね? 九久津みたいな性格なら進んで片づけでもしそうなのに?」

 俺はなんて中身のない話をしてんだか。

 ――今日は良い天気ですね。的に切羽詰まったお見合いかよ。

 「ああ、あれね。百年を超えた物には魂が宿る。それが付喪神つくもがみ。粗末にされた物も同様にね。代表的なアヤカシだと“から傘オバケ”とか……かな?」

 「えっ、それがなにか?」

 「結界を張ってあるとはいえ下手に負力が地下へ流れるくらいならフロアゼロで食い止めようってことなの」

 「えっ?」

 なんでかよくわからないけど会話が進展してる。

 けっこう良い質問した感じになってる? まあ話が進行してるならいっか。

 もしかして今の校長は話するのも面倒で導入部分を省いたってこと?

 「フロアゼロをわざと散らかしておいて、もしもの場合はあの階で対処しようってことなの。まあ、セーフティネットみたいなものよ」

 お~そういうことか!?

 たとえば負力がフロアワンに流れて忌具にとり込まれるくらいならフロアゼロのガラクタに負力をとり込ませたほうが安全ってことだ。

 「負力をとり込んだフロアワンの忌具」と「負力をとり込んだフロアゼロのガラクタ」そうなった場合どっちのほうが対処が楽を考えると、当然ガラクタのほうが楽だ。

 「ある種の罠みたいなことですか?」

 「そう。ただ付喪神を忌具とするかアヤカシとするかの判断も難しくてね」

 「ジャンル分けって難しいんですね?」

 そっか一般的に鋳型ができて負力が入るとアヤカシになる。

 学校の七不思議はおもに備品に負力が入ってアヤカシになるだから昨日はバッハだった。

 学校の七不思議はアヤカシのくくりだ。

 忌具も物に負力が宿ったもの……忌具とアヤカシの違いを単純に考えると……動くか動かないかの違い、か?

 さらに付喪神ってのも物に負力が宿るもの。

 付喪神と忌具の違いは……結局負力が入ってみないとわからないってことか。

 でも負力が強ければ強いほど危険性が高まるのはどっちも同じ。

 

 こりゃあ、たしかに分類が大変だな。 

 あっ!?

 最悪意思を持って自発的に動く忌具が存在してもおかしくないのか? さらにそれが凶悪な考えを持ってるとしたらヤバいな。

 ……てか、やっぱり校長ってアヤカシの知識ハンパない気がするんだけど、なんで結界のことは勘違いしてんだろう?

 「あの~?」

 俺が問いかけようとしたと同時に――そうよ。だから種類分けの線引きは曖昧なの。という校長の言葉と重なった。

 すこし遅れて――……なに?と校長は間合いを見計らって俺を見た。

 「あの、その、六角市の結界についてなんですけど……」

 人の勘違いを指摘するのって難しい。

 どういえば上手く伝わるのか?

 「あっ、結界について私査問委員会で気づいたことがあるの。そこはもう一度勉強し直さないと。だから私沙田くんに嘘を教えちゃったかもしれない」

 「あっ、偶然九久津に聞きました。守護山のあれこれとか」

 ちょ、ちょうどよかった校長の負担を増やさずにすんだ。

 「そう。でも沙田くんに忌具保管庫を見学してもらってよかった。能力者として頼りにしてるから……」

 校長がうなずくと話題の軌道修正してきた。

 「僕の力ってやっぱり先祖代々のものなんですか?」

 「えっ?」

 「おぼろげな記憶なんですけど。ご先祖様もむかしがしゃ髑髏と戦ったことがあるって話を聞いたことがあるような気がするんです……。親戚が集まったときの誰かの冗談かもしれないですけど」

 「……」

 校長は神妙な面持ちで考え込んでる。

 あっ、これを訊くのは今日じゃないほうがよかったな、しくった。

 校長の瞳が左右に揺れてる、脳の動きと連動してるみたいだ。

 動きつづけたルーレットが止まるように瞳孔が中央で止まった。

 「う~ん。こんなことをいうのも申し訳ないんだけど。それは考えづらいかな……」

 「えっ、どうしてですか?」

 「ご先祖様ってことはすくなくとも沙田くんのおじい様おばあ様よりむかしよね?」

 「はい、けど先祖だからもっと遠いかも……」

 「となるとなおさら考えにくいかな……」

 校長は自分を納得させるように、もう一度うなずいた。

 「がしゃ髑髏というアヤカシは近代に作られた概念なの。それこそ二十世紀後半くらいにね」

 「えっ、そ、そうなんですか?」

 「ええ。だから、おじい様おばあ様の世代が能力者だったと考えてもやはり時代が合わないわね」

 そんな……じゃあ、ご先祖が退魔的なことをやっていたという記憶は……うそ……? そういや俺、校長室で六角市の秘密を聞いたときやけに素直に受け入れたよな? あれってどこか校長相手だから許せた気がするんだよな。

 いや、俺の中のなにかがそれを許したような。

 にしてもがしゃ髑髏が二十世紀後半のアヤカシだったとは。

 なら、ここ六、七十年に出現しはじめたアヤカシってことだ。

 それもそうか戦死者や埋葬されない死者の怨念とかが「がしゃ髑髏」になるんだから。

 それってつまり近代戦争の犠牲者、ここ百年で戦争が起こってなければがしゃ髑髏という種は生まれてなかったかもしれないんだ。

 人が生み出したアヤカシ、ってアヤカシの起源からするとアヤカシってそういうものか。

 ……となると俺のじいちゃん、ばあちゃん、いや、もう一世代遡ってひいじいちゃん、ひいばあちゃんくらいが能力者としてアヤカシと戦ってなきゃ俺の祖先が能力者だった説は崩れる。

 「沙田くんを六角第一高校うちに呼ぶ前にご家族を遡れるだけ遡って調べてみたんだけど能力者だった人はいなかったわ。ごめんね。勝手に調査なんかして」

 「そ、そうですか……」

 校長が調べたってことは正式に当局が調べてるんだろうし間違いはなさそうだ。

 俺の先祖に能力者はいなかったってことになる。

 でも俺は、がしゃ髑髏って名前が頭に過ってからアヤカシや能力について人一倍意識するようになった気がする。

 俺って体の中にまだラプラスとツヴァイドライがいるんだよな? あっ、あのときの――ときがきたら君の力を貸してほしいって声のやつもいるのか。

 俺って引き寄せ体質なのか? もしかして体質改善したんじゃなくてただのジャンル変更? 結局特異体質か!?