「でも沙田くんは御名隠しであるかぎり、どこかでファーストルーツには辿りつくはずなんだけど」
「ファーストルーツ?」
「そう。たとえばこれを見て」
校長は校長の足元にひっそりと置いてあった何色かのラインストーンでデコレーションしたオフホワイトの校長らしいスマホを手にした。
そこで画面をタップしていくつか操作をしたあとアドレスバーに直接IPアドレスの数字を打っていった。
するとどこかのWebにつながった。
ブクマとかしてないんだ? スマホの画面には静かめのWebが表示されていた。
これってどこのサイトだ?
「これがBランク情報で組織関係者だけが閲覧を許されたサイト。世界中にいる能力者たちのデータベースやアヤカシなんかの情報が共有されてるの」
「へ~」
そっか、ネットなら世界中のどこからでもアクセスできるし会員制クローズドサイトなら外部から見られる心配もすくない。
ましてや各国の主要機関が運営に関与してるんだから安全性も高いだろう。
ブクマしてないのは安全対策のためか。
万が一スマホを落としたりすればWebを見られる可能性もゼロじゃない。
だから頭でIPアドレスの数字を覚えいて、それをダイレクトで入力したんだ。
校長はページの右のサイドバーのいくつかの項目のバナーから【能力者照会】をタップした。
「まあ能力者側の登録は任意なんだけどね」
さらに慣れた手つきでつぎのページへと進んでいく。
「これ見て?」
校長は開かれたデータベースを俺に顔の前にかざした。
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Jeanne d‘Arc
読み:ヤヌダーク
国籍:フランス
趣味:人を助けること
嫌いなもの:火
好きなもの:火を使わないもの
備考:現在はロベスピエール転生体と戦闘中
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「こんなふうに各国の能力者検索ができるの。さらにその日に退治された上級アヤカシがいれば記事にもなるし。どこの国でどんなアヤカシが退治されたのかが一目瞭然」
「各国との連携がすごいですね?」
「ええ。上級アヤカシは世界共通の敵だからね。……私はWebが更新されるたびにどこかの誰かがバシリスクを倒してくれたんじゃないかって記事を期待していた。でも期待したなにかが叶ったことはない。やっぱり他力本願じゃなく自分で動かないとダメね」
「でもバシリスクが退治されたなら退治されたに越したことはないんじゃないですか?」
たぶん俺の意見は間違いじゃないはずだ。
「ううん。もうわかったの」
校長はゆっくりと首を振った。
そのままスマホを十字架のように胸の中央で握りしめると、今日初めて強気な顔をみせた。
それはなにかを吹っ切ったようにも思える。
「待つってことは日照りに雨を望むようなもの、でも結局それじゃダメなのよ。水を求めて進まないと、例え枯れるにしても“水を探してる”ってだけで心の持ちようが違うから」
その言葉はつい数秒前の俺の意見を覆すには十分だった。
そうだよな、人間はやっぱりそういうポジティブな行動に惹かれるんだ。
ハッピーエンドな物語が好まれるのもそういうことだ。
「向き合うってことはバシリスクと戦う準備をするってことですか?」
校長さっきより元気になってきたな。
「ええ、そうね。たしかに私の能力は戦闘向きじゃない。だけど他の能力者のサポートはできる」
「ああ、そういえば九久津からきいたんですけど校長って【サージカル・ヒーラー】って治癒能力者だったんですね?」
「ええ、そう。まあ彼女のように時代の救世主にはなれないけど……」
校長は自分のスマホまじまじとながめてから親指と人差し指で画面をピンチアウトした。