第70話 ルーツ継承


「彼女。ヤヌダークっていうんだけどね。彼女のファーストルーツはジャンヌ・ダルクなの」

 俺も校長のスマホを見る。

 「えっ!? そんなことバラしていいんですか?」

 ジャンヌ・ダルクってフランス女軍人で人々のために戦った人だよな? てかジャンヌの情報だだ洩れ……。

 「そこは文化の違いでね。あっちって名前はアルファベットの羅列られつだから欧米には御名隠しがないの」

 「あっ、なるほど。僕は日本に住んでるからそんなこと考えもしなかったです」

 アルファベットって「ABC」からはじまって「XYZ」で終わる組み合わせだもんな。

 日本だとこんな子どもになってほしいって両親の想いや願いが《漢字、片仮名、平仮名》に強く込められる。

 

 「反対に象形文字から成り立った文化圏では文字ひとつひとつに深い想いが入る。とくに日本語なんて世界屈指の高等言語だしね。話を戻すわね?」 

 「あっ、はい、どうぞ」

 「その能力者たちを遡っていくとどこかで能力に目覚めた時期があるの。それがファーストルーツ。かつてはジャンヌ・ダルクもふつうの人だったのよ。でも民衆の祈りや希望、つまり希力を受けて能力者になった」

 能力者ってそういうことなんだ? じゃあ基本的に有名無名を問わずにファーストルーツになったときの名前が真名になるのか? それを受け継いでいくのが御名隠し。

 「シシャ」の反乱の日に九久津が御名隠しは邪馬台国が発祥っていってたよな。

 ということはファーストルーツが卑弥呼でそのルーツを継承したのが寄白さん。

 あの時代になにかがあったんだな。

 「じゃあ自分のルーツを探ると必ずどこかで能力に目覚めた人がいるってことですよね?」

 「ええ、そう。今この時代で能力者に覚醒した者以外はね。たとえば源義経は能力に目覚めてモンゴルに渡った。頼朝の追っ手を振り切るために仲間たちの希力を得てね」

 「えっ!? あの話は本当だったんですか?」

 早い話が頼朝と義経って壮絶な兄弟ケンカなんだよな。

 兄思いの九久津と真逆じゃねーか……? いや、違う、義経も兄の頼朝を思ってたんだ。

 頼りになる兄を慕ってた、でも頼朝と義経のあいだに確執が生まれてやがて追われる身になった……。

 「噂は本当よ。現にその能力者がモンゴルにいるわ」

 「でも、どうしてそれを今いったんですか?」

 「これからの説明に引用したかったから。直接の血筋から遺伝として能力を継承することをルーツ継承というの。まあ、これを一般的には転生なんて呼ぶわ。反対にヤヌダークのように時代を経てつまり生物学的に関係がないのに偉人の能力が発現することを信託継承しんたくけいしょうという。これは偉人の思念がそれに相応ふさわしい器を探して同化すること。義経も同じ信託継承よ」

 「じゃあ、僕はその信託継承ってのに近いんじゃ?」

 負力を蓄えて悪に染まる者もいれば希力を得て能力者になる者もいる、か。

 案外この世界も捨てたもんじゃないかもな。

 簡単に解釈すれば希力も負力もそれに則するうつわがあれば正義か悪の能力者のどっちかになるってことか。

 忌具もこのシステムに近いし。

 「可能性は高そうね。でも、そうなると沙田くんは現在いまの沙田くんが能力に覚醒したことになる。だとすればラプラスの言葉と整合性がとれない。真名を持つ以上過去のどこかで能力者になってるはずなんだけど」

 校長は静かに目を閉じた。

 頭をスキャンでもして手がかりを探してるみたいだ。

 「そうですよね。でも、やっと、僕のルーツが解りそうだ」

 それにしても校長だいぶ回復してきたな。

 俺がここにきたときのしょんぼりが消えてる。

 あのときはこの世の終わりみたいな顔してたもんな。

 やっぱ「六角第四高校よんこう」のことでスゲー怒られたんだろう。

 「あっ、ごめんね。すこし考えごとをしてて」

 「あっ、僕は大丈夫です」

 校長が目を開いたとき小会議室ここの入り口から――コンコンと乾いたノックの音がした。

 「あっ、はい。どうぞ?」

 校長がそう返答した、けれどドアの開く気配はない。

 すこしのがあってから木目調のドアがゆっくりと開かれた。