第73話 翌日


 俺はぜんぜん眠れずにいつもよりも早く目を覚ました。 

 今日にかぎっていつもの朝のような、あのあとを引くような眠気がまるでない。

 ふだんなら朝の眠たさと夜の眠れなさを交換してほしいな~とかって思いながら布団から出るのに。

 って……それもそうか熟睡して目覚めたわけじゃないし。

 目が冴えすぎて一時間目から体育でもすぐに動けそうだ。

 は~、あと三日でなにができるのか考えないとな。

 まずは学校だ……俺はさっそく身支度をはじめる。

 二階から下りて洗面台で洗顔をしたあと目の前の鏡で目を見てみた。

 眼科の医者が診察するように俺はあっかんべー的な感じで自己診断してみたけどなんの異変もない……と、思う。

 やっぱり俺は医者じゃないしわからん。

 でも、すこしだけ不安も過る。

 てかこれって何科にいけばいいんだ? やっぱり眼科か? 仮に眼科にいっても診察で――ガラクタだらけの倉庫に入ったら血の涙が出ました。っていうのか……? こうばしすぎるだろ。

 さらに鏡に顔を接近させて眼球を確認してみたけどやっぱり異変は見当たらない、ただ寝不足で眼は充血してるけど、ちょっとスマホやりすぎたかな?

 「六角第一高校いちこう」にいくバスの中でも俺はバシリスクや九久津、校長のことで頭がいっぱいだった。

 今、生徒玄関にいるというのにまだ悩みがグルグルとまわっている。

 俺は昨日の出来事を考えつつそのまま教室に向かう。

 教室のうしろのドアを開くとそんな悩みものはいっきに吹っ飛んでいった。

 悩みがなくなったわけじゃない、別の衝撃があったからだ。

 な、なんと黒板に、い、偉人が降臨していた。

 よ、寄白さん、こ、こんな朝っぱらからなにを!?

 寄白さんが最大限背伸びしたであろう位置に【わたし、美子だけどなにか質問ある?】という文字があった。

 赤いチョークで書かれたその文字は寄白さんが爪先を伸ばして書いたらしく、ところどころがクニャックニャしていた。

 「みっこ、みっこにしてやんよ!!」

 寄白さんは赤いリボンをはためかせ、ついでに十字架のイヤリングを揺らし教壇からぴょんと飛び降りてきた。

 わずか一段の段差を飛ぶしては大げさだな。

 こんな大事なときなのに寄白さんが大暴走してるし!!

 「さだわらしぃ? 美子美子みこみこにされたいか?」

 みこみこ? い、いったいなにをされるんだ!?

 ……けど、寄白さんのツンツンバージョンなら猟奇的フルぼっこか?

 「美子美子にしてさしあげましょうか?」

 荒ぶる寄白さんと思ってたら、今度は急に口調が柔らかくなった。

 まるでどこかの受付の人だ。

 こ、今度はなんひざまくら的なこと連想をしてしまった。

 って、とりあえず寄白さんをいったん教室の外へ出さねば、他の生徒に迷惑がかかってしまう。

 けど今、教室にいるのは俺と寄白さんを除いても九久津と佐野だけだ。

 だがそれでもこの状況で放ってはおけない。

 てか、て、て、て、手を、つ、繋いでみても……いいのか……な? いや、無理だ、無理。

 そう無理、だ……った……ので制服の袖をつかんでみる。

 いやこれも無理かも、つかむではなく、つまんでみた。

 「寄白さん、ちょっとこっちへ」

 つい勢いあまって強引に引き寄せすぎたかも。

 俺の胸元で寄白さんの頬がすこしだけバウンドした。

 「どこにいきますの?」

 「え~と、とりあえず廊下で話そう」

 今日はいつもと違ってヘアアレンジに花の髪飾りまでしてる。

 ポニーテールなのかサイドテールなのか微妙な位置で結んでるな。

 これだとどんな性格なのかわからん。

 でも校長と違ってすこしセンスが古いかも……とくに髪飾り。

 あっ、よく見たら寄白さんの瞳の星って左右で形が違うんだ五星ごぼうせい六星ろくぼうせいか。

 俺は袖を引っ張りながらドアを開いて寄白さんをチラ見したけど、寄白さんのうつむいた姿勢と髪の流れで表情の確認はできなかった。

 そのとき廊下の窓から鈴木先生が車通勤してくるのが見えた。

 おっ!?

 新車のSUV、あれ買ったんだ?

 ピカピカのパールホワイトの車体は教師専用の駐車場に縦列して停まった。

 へ~かっけー。

 そう、俺がほんのわずか、車に気をとられて寄白さんから目を離したときだった。

 「コリジョンルール!!」

 寄白さんはそういってホイッスルのように口笛を吹いた。

 真ん中に穴のあいたドーナツ型のアメを上下の歯で噛んで口をすぼめている。

 

 「さだわらし。私の胸をかすめたな?」

 えっ!?

 「な、な、な、と、とんでもないです。まったく触れてません。てか触れるボリュームがないと思います」

 俺は寄白さんにいきなり新ルールを適用された。

 か、仮にすこしだけかすったとしてもコリジョンが適用されるならそれは衝突なみに密着したってことになるよな? それはないわ~。

 「ストロベリー味だ。食べるか?」

 突然、話題がぶっ飛んだ。

 もっとディスられるのかと思ったんだけど。

 だって俺は触れるボリュームがないといったんだぞ。

 正直コールドスプレーの二発や三発は覚悟してた。

 「えっ?」

 「ほら」

 寄白さんは制服のポケットからアメを出して俺にくれた。

 ツンツン不思議っ娘? それでいながら今日はアタリが控えめ? 逆コリジョンルールか?

 「なぜ、今アメを?」

 「それはだな。これで心を落ち着けろってことだ?」

 「は……はぁ?」

 まあ、せっかくだから俺はアメを口に放り込む。

 舌の上でアメを転がしてみると本当にいちご味のアメだった、美味うまい。

 かるく変な味のアメだったらどうしようと疑った自分をあとで叱っておこう。

 

 「沙田さん?」

 またキャラ変した。

 「は、はい?」

 「九久津さんのおうちはどうでした?」

 「えっと、アヤ……カ……」

 あっ、たとえ教室のうしろのドアの近くにいるとしても誰に聞かれるかわからない。

 アヤカシという単語を出すのはマズい。

 教室には佐野もいるし、いまのところ俺は「アヤカ」しかいってない、どっかの「アヤカちゃん」の話で止まってるはずだ。

 「す、すごくためになりました。ところで寄白さんは昨日どこでなにを?」

 「わたくしは六角ガーデンでお花見を」

 「は、花見? は、はぁそうですか……」

 なぜ昨日のあのタイミングで花見をするのか? だって仮にも「シシャ」の反乱で学校には解析部がきていて四階の調査までしてるのに。

 あっ!?

 そっか六角ガーデンってバシリスクの出現予測地点か。

 寄白さんってアヤカシの出現時期を予測できるんだった、もしかして校外にでるアヤカシの出現も予測できるのか?

 「ま、まあ、とりあえず廊下で話そう」