「ミドガルズオルムならモンゴルにある通称キプチャク草原で、五年前にモンゴルの能力者たちに倒されています。Webで確認しますか?」
社さんは冷静にそういって自分のスマホを取りだそうしたけど、校長は社さんのほうを見向きもせず手を広げて二、三度振った。
見るまでもなく負けを認めたってことだろう。
「いや、いいわ」
校長を溜息をつき、その勢いを借りるかのようにして――じゃあ。といった。
「教育委員会の中に裏切り者がいたのよ? バシリスクを最初に発見した升教育委員長が怪しい……」
今の校長は疑心暗鬼に陥っている。
この現状を打破しようとしているけどすべて不毛だと思った。
今ここで話し合わなければならないことはそこじゃない。
校長はこういう場合になにより初期対応が重要なことを知っているはずなのに、現実から目を背けてつづけている。
早くなんとかしないと、っていっても俺にできることってなんかあるか?
「仮にもしそうだったとして升委員長なら最初からなにもいわずに奇襲を成功させます」
「じゃあ解析部に裏切り者がいたなら? 情報操作できるでしょ?」
「升教育委員長が第一発見者の時点で解析部が当局を欺くことは難しいと思います。なにより五味校長も同席していたのに教育委員会のツートップを騙すなんて。そもそも教育委員会が私たちを裏切るメリットはなんですか?」
「そ、それは……」
完璧な社さんの反論に校長はしだいに圧倒されはじめて、ついには反論の余地がなくなった。
いくら校長でもこの状況じゃ冷静な社さんには適わない。
「繰さん。著しい判断力の欠如です。もういい加減目を覚ましてください?」
な、なぜか俺まで責められてるような気がする……。
社さんの理論で考えるとやっぱり教育委員長はぬらりひょんじゃなさそうだ……。
それに社さんに覚えた違和感も間違いかもしれない。
あんまりクールすぎるからそう思っただけかも。
この状況で今、俺にできることはないか。
な、なにかあっ、あっ!?
そ、そうだ!!
「じゃあ、雛の考えを聞かせて?」
校長はようやく机から額をスッと放した。
机にしばらく押しつけていた額は内出血したようにじんわりと赤くなっている。
校長は手櫛で髪を整えそっと立ち上がり、机のうしろのラックまでいって上に置いてあったバッグからスマホをとった。
「雛、ごめん、充電きれてた」
そういって気持ちを落ち着かせたみたいだ。
社さんは校長がスマホにでなかったから「六角第一高校」まできたんだ。
なら、職員室に電話すれば早いのに?って、バシリスクがでたのにそんなこといってられないな。
しかも職員室の電話なんて誰がとるのかわからないから、校長にアヤカシのことを伝えることができない。
やっぱり直接学校にくるしかないか。
「そんなこともあります」
社さんはスマホのことはまったく気にしてないみたいだった。
「これは私の予想です。解析部のデータは正確だった。それでも今日バシリスクは守護山の麓に出現した。となるとバシリスク側になんらかの理由があった考えます。六角ガーデンのある北北西にバシリスクが出現したということは解析部の報告と一致していますので」
「……雛。冷静ね……でも雛やっぱり蛇はもう一匹いたのよ」
校長はぼそぼそと口ごもった。
唇の動きさえも疲労いるようだった。
「繰さん、まだ……」
「いいえ。シシャをブラックアウトさせた蛇よ」
「その話ですか? ミドガルズオルム以外の蛇の比喩という意味でなら同意してもいいです。真野絵音未を唆したかもしれないわけですし」
ああ、そういえば昨日校長が市役所の小会議室でチラっと話してたな。
そこまで確定された情報じゃないけど六角市に怪しい蛇が入り込んでるかもって。
それがもうみんなに伝わってるんだ情報共有早えー!!
って、相手はアヤカシだ、それくらい迅速じゃないとダメだよな。
ただ、その蛇ってのも怪しい者を比喩で例えただけらしいけど。
「そう。雛これは受け入れてくれるのね? 雛ってなんか思考が九久津くんと似てるわよね?」
「そ、それは」
社さんは校長室に入ってきてからはじめて動揺したような気がする。
微動だにしなかった表情がすこしだけ綻んだ。
社さんにも喜怒哀楽の顔があってなんとなく安心した。
「なんで慌ててるの?」
「い、いえ、なんでも……ないです」
「そう……」
さあ、俺にしかできない技を使ってみるか。
「校長、僕の力なら、今その場所が見れるないです」
俺が気づかずに具現させてたⅡは六角市の北町から南町を見ていた。
ってことはここから二十キロならⅡを出現させることができるはず。
今までは俺の見える範囲にしかⅡを出現させてなかったけど、もとはといえばけっこう遠くに出現させてたんだから。
{{Ⅱ}}
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