{{混成召喚}}≒{{ダイダラボッチ}}+{{ぬりかべ}}+{{やまびこ}}
{{遠隔混成召喚}}≒{{煙羅煙羅}}/{{つるべ火}}
{{遠隔単体召喚}}≒{{赤蜂}}
「おまえが貪り喰い荒らした町や村は数知れない」
九久津はバシリスクを見上げている。
バシリスクは冠状の鶏冠で九久津のはるか上方から縦長の瞳孔とガラスのような角膜で九久津を見下ろしていた。
赤い二又の舌先がチロチロと九久津を挑発している。
バシリスクの数メートルもある黒褐色の鱗の図体からはおどろどろしい瘴気が放たれ亜空間に充満していた。
九久津はバシリスクのその鋭い眼光を怖れることなくも真正面で対峙している。
その構図は九久津とバシリスクの因縁そのものだ。
バシリスクは口腔の奥底から――コホー!!と酸素ボンベのような息を吐いた。
背反二律の存在で邪悪でながらも「上級アヤカシ」と形容するにふさわしい荘厳さで、まさに蛇の王といったところだ。
九久津はバシリスクが大口を開けてかぶりつけばすぐに丸飲みできる距離まで一歩一歩と近づいていく。
「升教育委員長が空を見ておまえを発見したと聞いたのが決定打だった。俺が見たものと同じだったんだと。おまえの能力は冷血動物特有のピット器官と反響定位の併せ技だ」
バシリスクは余裕の素振りで体を右左にくねらせた。
地を這うたびにズズズと重低音の地響きがする。
バシリスクはそのまま九久津の周りを一周してとり囲んだ。
九久津はその大きな螺旋の中にいて、バシリスクによってさらに間合いは詰められていった。
バシリスクは舌なめずりしながら、じっとり粘りつくような眼で九久津を見つめている。
上下左右に小刻みに動くバシリスクの舌先が今にも九久津に襲いかかってきそうだ。
「数百キロ先からでもピンポイントでターゲットを襲撃できるのはクリッターに超音波を照射させているからだ。クリッターがときどきみせる発光はおまえの超音波を跳ね返すさいの物理現象。だから超音波の最終到達点におまえが現れるのは必然」
バシリスクは九久津の言葉を肯定するように血も通っていなさそうにヒンヤリとした皮膚をビクビクと脈打たせた。
剣でさえ突き刺せないほどに硬いの鱗の斑点がキラリと光る。
バシリスクが大きく口を開くと一メートルはあろうかという氷柱のような牙から真っ黒な毒液を滴らせた。
――ジュジュ。っという肉を焼くような音がして、焦げ臭い白い煙が辺りを燻る。
亜空間の床は長年ビニールテープを放置し経年劣化したようにネバネバと溶けていった。
さらに地面がブクブクと泡立ち侵食が進むと、雪解けのあとの道のように凸凹の窪みができた。
「驚いたな? ダイダラボッチとぬりかべでコーディングした亜空間を融解させるとは? まあ、それだけの毒性ってことか?」
九久津は眉をひそめる。
細く整った眉は凛々しささえ感じる。
バシリスクはふたたびピクリっと顔を動かすと無機質な目でギロリと九久津を威嚇した。
粘るような視線が九久津に絡みついていく。
バシリスクは動物界でときおりみられる決闘のときのようにさらに大きく口を開いて両方の牙を九久津に見せつけた。
九久津はすこしも怯まずにただ凝視している。
目を逸らせば先制攻撃される、そんな拮抗状態がしばらくつづいた。
九久津はバシリスクの皮膚にあると斑点へと目をやった。
「どうした? こいよ?」
九久津は不敵な笑みを浮かべる。
「生物かどうかの判断を体温でくだして瞬時につぎを先読みする。それがおまえの攻撃パターンだろ?」
バシリスクは洞窟を通る風音のような吐息をもらし、いったん体をグワンとのけ反らせてその反動を使い九久津を丸飲みにした。
――カプッ。という異音とバシリスクのなにかを啜る音だけを残して九久津の体は亜空間から消えた。
先に仕掛けたのはバシリスクだった。
九久津を飲み込みにしてヌラヌラと巨体くねらせている。
段階的に嚥下を繰り返し己の腹に押し込んでいるようだった。
バシリスクは亜空間の中でただ食事をしたにすぎない。
「けど未来が見えるわけじゃないよな? 一秒先に俺がどうするかなんてわからないだろ? おまえが反響定位わかるのは周囲の状況のみ」
バシリスクはその声がどこからしたのかわからずに周囲をギョロギョロと見回した。
だがまだ九久津の声はつづく。
「対象物がつぎにどんな行動を起こすかまではわからない。違うか?」
バシリスクは可動域ギリギリまで首を動かして自分の腹をながめた。
「ヌシ。どこから話しかけておる?」
バシリスクは初めてしゃがれた声の人語を話した。
「うしろだ」
バシリスクのまうしろから九久津の声がした。
「おまえが食ったのは煙」
九久津は亜空間に入ってすぐ何体かのアヤカシを同時に召喚していた。
「ダイダラボッチ」と「ぬりかべ」は現実と亜空間の境界線を固めるため。
これはバシリスクをふたたび外界へと逃さないための措置だ。
ただしそれは九久津自身の退路を断つことでもある、と、同時に九久津はこの亜空間の中で確実にバシリスクを仕留める自信があった。
「煙羅煙羅」は九久津のダミーを形成して「つるべ火」は生物としての体温をカモフラージュするためだ。
さらに九久津は煙の体温を自分の平熱より〇・五度ほど上げておいてバシリスクの高温の獲物から襲撃するという習性を利用した。
いまや主導権は九久津にある。
バシリスクは意表を突かれてつぎの行動に移せずただそこに留まっている。
躊躇いながらも首をグルリと百八十度回転させると、その場所に九久津が飄々とした顔つきで立っていた。
さらにバシリスクを混乱させたのは九久津の位置で、今、目の前にいる九久津を反響定位の超音波で捕らえることができなかったからだ。