――ギャァァ!!
産女のすすり泣きは断末魔の悲鳴に変わった。
産女はそのまま断層がずれるように上半身と下半身に分かれて左右にスライドしていった。
九久津は最速の攻撃態勢から伸びきった腕をすぐに返した。
それは別の軌道を描く。
九久津にとってよほどの動揺だったのか、それは遠いむかしに直したはずの「くの字」の太刀筋だ。
それでも九久津はかまわずにさらに上に一筋、左斜め下、下から右斜め上へとさまざまな入射角で産女に何度も焔の剣を振るった。
産女はその身を細切れに刻まれて燃え尽きた。
九久津は最後の一刀を垂直に振り下ろし別のアヤカシを召喚する。
{{一反もめん}}
「そのまま雛ちゃんの血を押さえててくれ!?」
焔の剣はろうそくを吹き消すように瞬間的に解除された。
一反もめんは自分の尾を高速で揺らして社のもとへと向かうと社の頭部に布の体を押し当ててその身で止血をはじめた。
一反もめんの体が徐々に赤く染まっていく。
「くそっ」
九久津も小走りで社に駆け寄っていきスマホで繰に電話をかける。
ほんのわずかの間、社を一瞥した。
刻々と迫る命の危険水域。
すぐに電話は繋がった。
九久津は繰の柔和な声にほんのすこしだけ救われた気がした。
繰は外で誰かが戦闘しているときは不測の事態に備えて必ず電話を持ち待機している。
『九久津くん。どうしたの?』
「繰さん。雛ちゃんがひどい怪我で。どうすれば?」
『とりあえず落ち着いて。今の状況を話して』
「わかりました」
『まず怪我の状態から教えて?』
「頭から血を流して倒れています。鈍い音がしたんできっと頭を打ってると思います」
九久津は自分が感じたままをいった。
『意識は?』
「ないと思います」
『そう。どれくらいの出血量?』
「倒れた状態でもブレザーの中に血が流れてますから、かなりの量だと思います。今は俺の一反もめんで押さえてます」
九久津はそこにしゃがんで片膝をつき一反もめん越しに社に触れた。
『いい判断ね。ただ、そこから雛を決して動かさないで』
「はい。わかりました。雛ちゃんの額が真っ黒です。おそらく魔障です。今もだんだんと広がっていってます」
『九久津くん、大丈夫よ。国立病院に緊急連絡をしておいたから。今、そこに向かってるのはこんなことが日常茶飯事の魔障専門医。私たちが今できることはその医師の到着を待つこと。いい?』
「わかりました。他に俺ができることは?」
『雛の近くにいてあげて』
「はい」
『九久津くん、どうしてそうなったのか教えて?』
「最初に鳥獣形の姑獲鳥を倒したんですけど。そのあとにすぐに女形の産女が現れて……」
『……すぐに女形?』
「厳密には亜空間内で鳥獣形の姑獲鳥を倒して亜空間を解除した隙に女形の産女に狙われました」
九久津はすこし言葉に詰まった。
「今日は雛ちゃんの様子がおかしくて、俺がかなり前線にいたのが裏目に出たんだ」
九久津は後悔する。
『雛が九久津くんの目の届かない距離にいたわけじゃないのなら九久津くんのせいじゃないわよ』
「いや、どんな状況でも雛ちゃんに怪我をさせてしまったのなら俺のミスです……」
『ううん。誰が悪いってわけじゃないわ。……ねえ、九久津くん。そのうぶめってキメラタイプだったんじゃない?』
「キメラ……。そっか、くそっ!! だから」
繰がまだ堂流とバディだったころ一度だけキメラタイプに出会ったことがあった。
相手は「みずち」という名のアヤカシで蛟と水霊のキメラタイプだった。
キメラタイプとはアヤカシの鋳型で稀に創造される畸形種鋳型のことだ。
本来ひとつの鋳型からは一種のアヤカシしか生まれないが、ふたつの鋳型が連結し二体のアヤカシが産まれることがある。
ただしこれはあくまで同音のアヤカシや一般的に同一種族(それぞれの土地において呼び名が違うなど)とみなされるアヤカシでのみ形成されると考えられていた。
本来の「うぶめ」も最初から鳥獣形の姑獲鳥と女形の産女の二種類が存在している。
アヤカシの起源にあるように鋳型は人のイメージにより創造されが、同音のアヤカシにおいては鋳型が混在して、万にひとつでしかない確率で今回のようなケースをたどることがあった。
キメラタイプのいちばんの特徴は連結した鋳型から産まれるために相互間で同じDNA(負力の構成要素)を持つことだ。
「繰さん。今、医者が到着しました」
『わかった。私もすぐに病院にいくわ』
「お願いします」
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