第104話 閾値(いきち)


 「私も近衛も九条もときどきあんたの鋭さには驚かされるわ。まるで安楽椅子探偵あんらくいすたんていね?」

 『図星だろ?』

 「私だってそこまで根性悪くないわよ。これから先、目の前で仲間を失うことだってあるかもしれない。それを疑似体験してもらいたかったの」

 『さっきおまえ姫は感性が鋭いっていったよな? 姫はそんなおまえの裏の裏まで読んでたんだろうな? だから絶縁ぜつえんするほど嫌いにはなれねーんだよ?」

 「美子は私の意図に気づきながらも坦々と作業をこなしてたってこと?」

 『だろうな。すこし話しすぎた。ちょっとタバコ吸っていいか?』

 「勝手にどうぞ。そもそも私たちはネットかん通話なんだし」

 カチャっと金属のふたの開く音につづいてシュポっという音がした。

 ガサゴソと紙のこすれる音とともに一条は大きく息を吐いた。

 「ふぅ~。美味い」

 二条の前に置かれているPCから――キーン。という電子音が鳴った。

 そこに一条の吐息も重なる。

 紙飛行機のアイコンが甲高い音とともに颯爽と手紙を運んできていた。

 「きたわ」

 二条はすぐにタスクバーのショートカットからメーラーを立ち上げた。

 封がされたままの便箋びんせんが一通ある。

 二条の手の動きと連動してカーソルがすいすいと画面を流れていく。

 二条は【件名:検査結果】と書かれたメールをクリックする。

 ――カチャ。メールの封は解かれた。

 「一条。結果読み上げるから」

 『ああ』

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 ご担当者様、お世話になります。

 以下、結果報告です。

 判定結果 


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 二条は思わせぶりな文面をスクロールして画面を凝視している。

 驚くでも喜ぶでもなく二条の表情に変化は見られない。

 まるでそこが定位置であるかのように手の動きもマウスも止まったままだ。

 

 一度、床に視線を逸らしてほんの一瞬なにか考えごとをしたあとにマウスのホイールボタンを人差し指でいっきに画面の下までスクロールさせた。

 矢印が止まる。

 それでも二条がスクロールを繰り返すたびに――カンカンと甲高い警告音が鳴った。

 それ以上はもう下に進めないことを示していて、メールの文面はここで終わりということだ。

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 持ち込まれた、藁、三本。

(便宜上それぞれの藁にABCと名づける)

 三本、分析結果。

 藁A

 

 他の負力汚染なし。

 他の負力混在なし。

 忌具レベル=レベル二

 藁B

 他の負力汚染なし。

 他の負力混在なし。

 忌具レベル=レベル二

 藁C

 他の負力汚染なし。

 他の負力混在なし。

 忌具レベル=レベル二

 総合結果=忌具レベル二

 以上

 Y-LAB

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 「一条。レベルツーの忌具だった……」

 『その口振り。腑に落ちねーって感じだな?』

 「上手くはいえないけど私があの藁人形を見たときもっと肌に刺さるような嫌な感じがあったの」

 二条はいっそう饒舌じょうぜつになった。

 「それがレベルワンでもレベルファイブでもない。微妙なツー判定なんて」

 『レベルワンより下にいくには寄白家、九久津家、真野家さんけの許可がいる。レベルファイブにおいては当局の許可証もいる。たしかに中間なかをつかれた感はいなめない。正直なところ忌具保管庫のレベルファイブに入るなんて当局でもそうそう簡単にはできねーからな』

 「あんたでも・・違和感を覚える?」

 『まあな。おまえは機転を利かせ微風ブリーズで藁人形の微細証拠を集めることにした』

 一条はいったあとに深い息を吐いた。

 すぐにジリジリと紙の燃える音がスピーカーから聞こえてきた。

 陶器かなにか硬い物の上をすべる音がしてまたカチャっと金属のふたの開く音がした。

 その音に重なるようにしてふたたび――シュポっという音もする。

 『ふぅ~』

 「藁人形なんだから風圧で藁の一本や二本くらい落としていくでしょ?」

 『ズバリ読みは当たったってことだなよな? ハナから捕獲を諦めて検体を解析に回す判断。その打算的なところがおまえの長所だ』

 「美子を抱えたあの状況ならまずは手がかりを掴むことを優先するでしょ? それに相手は忌具」

 『おまえの考えそうな策だな。まあ、そういうところもあるから姫はおまえを憎めねーんだろうな?』

 「そうかしら? それよりこの結果どう思う?」

 『なあ二条俺が吸ってるタバコは何ミリだ?』

 とうとつに一条の話が逸れた。

 「はっ!? あんたの嗜好なんて知らないわよ? しかもすでに二本目吸ってるでしょ? あんた時々意味不明な質問するわよね? ただ、最終的にはいつも明確な答えがあるんだけど。さっきの人を数える単位だってそう」

 一条の会話の流れを断ってまで論点を変えた意図に二条もすこしは理解を示している。

 そこは長年に渡っておたがい当局で仕事をしてきた関係性があるからだ。

 『もろもろ含めてわかってるじゃん。じゃあ何ミリだ』

 「そもそも私にはタバコってどんな数値なら低いか高いかがわからないのよ」

 二条は答えをくような口振りだった。

 それは一条の問いに対する真相を早く知りたかったからだ。

 『答えは十二ミリ』

 「それは高いの低いの?」

 『すこし高いかもな。世間では三ミリくらいまでが低いって解釈だろうな』

 「それで?」

 『タバコってのは銘柄が同じなら一ミリも六ミリも十二ミリも同じ葉っぱなんだよ。つまりはフィルターでキツさを調節してるんだ』

 [ほ~。ってことは忌具がレベル区分を考えて閾値いきちを下げた可能性があるってことか?]

 一条と二条の会話に重なるしゃがれ声があった。