第113話 ―NOT FOUND― 消されたデータ


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 九久津堂流 Sterbenステルベン


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 (ステルベンか……)

 九条がいちばん嫌う単語、いや医療関係者のすべてが避けたいであろう言葉が画面の中央を占領していた。

 九条は医療用語で「死」を意味するその言葉を回避するように下のハイパーリンクをクリックした。

 ――カチャ。っとすぐに下層ページに移行した。

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 NOT FOUND


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 「はっ!? 中身がない……? 読み込みエラーか? もう一度」

 九条の指先は反射的にマウスボタンを押していた。

 ふたたび同じファイルを読み込む。

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 NOT FOUND


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 一度、画面が点滅して再読み込みをしても結果は同じだった。

 九条はまたそこから数回マウスを――カチャ、カチャ。とクリックした。

 「変わらないか。厚労省内の能力者データベースに九久津堂流は存在しているのに中身だけがないなんて……。Aランク情報か?」

 九条は左手で頬杖をついたまま右の指先はいまだにクルクルとホイールを転がしている。

 (まさかお役所仕事だからリンクが切れてるってわけじゃないよな? 現実問題、各省庁を横断するデータベースはややこしいからな。……これも【能力者専門校】の生徒が実習で使ったやつかもしれないし。……【九久津堂流】のデータ自体は院内には存在しているし厚労省に死亡届けも出されている。手続き的には正しい手順を踏んでるよな。……その先でデータが消されてるってことはアヤカシ対策局の上層部が消した可能性が高い。だとするとファイルの中身は九久津堂流の死因に付随することではなく暴かれたくない別のなにかか? たいていは国家機密だけど……)

 九条は一度天上を仰いだ。

 二、三度、瞬きをして目を休めてふたたび画面に向かう。

 (まさか!?)

 九条の思考が冷静さを取り戻し溜息をついた。

 (考えたくはないけど九久津くんのいうとおり解析部にミスがあったってことか。解析部のミスならファイルを削除するこのうえない理由になる。ただ厚労省のデータベースに九久津堂流の名前が存在している以上、厚労省からの完全削除を狙ったものではない。この先の調査は救偉人の権力ちからがないと難しいか。一条に頼むか、それとも官房長にじかに頼むか? 悩みどころだ)

 九条の手持無沙汰の指がまるでストレッチ運動とでもいうようにマウスホイールをスクロールしていた。

 (まだ誰も気づいてはいないけど、九久津くんが【毒回遊症ポイゾナス・ルーティーン】になるためにはバシリスクの毒の原液が必要。だとするとその毒の原液をいつ誰がどうやってバシリスクからとり出して九久津くんに渡したのか……? おそらくは医療従事者だが九久津くん自身・・・・・・・・に毒を手渡したのは顔見知りだと考えるのが自然。毒を入手するタイミングは九久津堂流がここに運ばれ荼毘だびにふされるまでのあいだか?)

 九条はデスクに置かれていたポケットティッシュふたつぶんほどのメモ用紙をピリっと破きなにかの計算をはじめた。

 

 (今の九久津くんの病状からざっと計算した結果。最低でも初期段階で九久津堂流の血液が八百ミリは必要。そこから毒の原液を抽出してさらに培養し体に貯蓄していけば理論上、現在いまの九久津くんの【毒回遊症ポイゾナス・ルーティーン】の検査値けんさちには到達する。ただ衆人環視しゅうじんかんしの中で八百ミリを採血するなんて果たして可能か?) 

 九条はあまりに非現実的な考えに一度、考えをあらためた。

 だがやはりそれしかないと思い直す。

 (周りは医療関係者ばっかりだぞ。そんな不自然な採血をスタッフが見逃すか? いや、そんなことはありえない。ただでさえ右脇腹の致命傷で大量出血してるときに血を抜くバカはいない……。仮に臨終後りんじゅうごであったとしても血液の凝固がはじまっていて循環も停止している。静脈から血を抜くのは不可能。かといって動脈を傷つけるなんてことも無理だ。そいつはいったいどんな方法を使ったんだ?)

 九条はふたたびペンをマウスに持ち替えた。

 (ここまでの情報を結びつけて総合判断するなら解析部のミス。いや九久津くんのいうとおり意図的に仕組んだ裏切者がいる?とするなら……そいつは国家に従事する人間であって魔障医療の知識がある者、かつデータベースをも編集できる人間。さらには九久津堂流の体内から血液を抜き毒を培養できる者にかぎられる)

 九条はそこまで考えると完全に行き詰った。

 (……だめだ。どう考えてもこのすべてを満たす人間なんて思いつかない)

 九条の焦燥を表すように指先はまたマウスホイールをクルクルと転がしている。

 (い、いや、待てよ。ひとりいる。そうだあの人なら!?)