九条はどこにでもなくそう叫んだ。
鋭い声が部屋の中にこだまして、部屋の壁はそれを吸収していった。
『リミッターカット。排出開始』
どこからともなくまた機械的な女性のアナウンスが流れてきた。
九条の意思はいきつく場所へときちんと辿りつき、その答えは放送という形で返ってきた。
『最大量送出いたします』
診殺室の中に機械音がして――ゴゴゴゴ、ゴゴゴゴ。と空気が送風されはじめた。
モーターが回転する音がさらに大きくなる。
回転数が上がるたび部屋に負力が充満し魑魅魍魎はネズミ算式に増えていった。
――ア゛ア゛ア゛ァァァ。ア゛ア゛ア゛ァァァ。
新たに誕生した魑魅魍魎も当然のように九条を狙っている。
九条は大量の魑魅魍魎を前にしても凛としていて、喚き声を上げながら地を這う魑魅魍魎とふたたび対峙する。
九条の尾が弓状に変わると尾の先はまるで鎌のように冷たい金属へと変化した。
名刀のように怪しげでありながら荘厳な気を放っている、そこにはきらびやかな刃紋も見てとれた。
九条は一度助走をつけると、体を縛っていた鎖が解けたように烏合の衆の魑魅魍魎を尾で切り裂いていく。
死神の大鎌のような尾はそれぞれに独立して魑魅魍魎をさらに切り刻んでいった。
九条の口から放たれた獣の咆哮とともに、体を翻し診殺室を舞う。
魑魅魍魎をまっぷたつにできる尾の鎌に加えて鉤爪状の爪で砂の城を崩すように魑魅魍魎を薙ぎ払う。
九条はリズミカルに宙を縫い尻尾の鎌と爪で魑魅魍魎たちを切り裂いていく。
今の九条は一度の攻撃で十を超える魑魅魍魎を倒すことが可能だった。
プリンをすくう要領で闇の中の魑魅魍魎をただただ切り裂きつづける。
魑魅魍魎を退治しているその瞬間にもどんどんに負力は送られてきて簡易コピーのように魑魅魍魎はつぎつぎと出現する。
「俺は過去に診断した魔障を再現する。医師であるかぎり技が絶えることはない!!」
{{氷女の口づけ低温火傷}}
九条が持病の発作を起こしているとき、つまり狐憑の状態で使用する魔障は不確定診断でも合併症として現れ通常以上の効果を発揮する。
九条の体から真っ白な冷気が発せられ細かな霧状の氷が診殺室に広がる。
吐息さえも凍りそうな部屋の中で天井、壁の隅から凍結していった。
魑魅魍魎は真冬の湖のようにいっせいに凍りつき、苦痛さえそのまま閉じ込めたような氷の山となった。
送られてくる負力は、液体、個体、気体という変化の順番を飛ばすように魑魅魍魎の姿を経由することなくすぐに凍る。
九条は両手の鉤爪と重複することなく動く尻尾の大鎌で凍った魑魅魍魎の塊を砕く。
ひとつの尾が右の魑魅魍魎を破壊すれば左上の尾は違う魑魅魍魎を破壊するというようにいちばん効率の良い方法で氷を壊していった。
――パンパン。――パンパン。ボクサーがサンドバッグを叩くようなリズムで的確に魑魅魍魎は破壊されていく。
そこまでしてもなお負力の送出は途絶えることはなかった。
それだけの負力が診殺室に送られていることになる。
「まだか。それなら……」
魔障とは簡単にいえばアヤカシ忌具等の影響で被る病気や怪我の総称だ。
ときに起こるふたり以上の受傷者を出す集団失踪(神隠し)や集団催眠(ハーメルンの笛)等も魔障に括られる。
九条たち総合魔障診療医はそれを【広域指定災害魔障】と呼んでいた。
{{怪雨:陰摩羅鬼}}
今、九条が使った技はそのひとつだ。
ファフロツキーズ、怪雨、怪雨とも呼ばれる【広域指定災害魔障】。
雨、雪、黄砂、隕石のように原因が判明しているものを除きその場にあるはずのないものが空から降ってくる現象を指す。
とくに魚や小動物が降ってくる怪雨が有名だ。
診殺室の天井にペリカンのような形をした茶色の嘴がびっしりと垂れさがっている。
嘴が――ポツ。ポツ。っと落ちてきた。
それは雨の降りはじめとそっくりだった。
ポツ。ポツ。はポツポツへと落下スピードが変わる。
そのあとはまるでザーザー降りのように激しく地を叩きつけた。
すべての嘴は魑魅魍魎を目がけて降り注ぎ魑魅魍魎をつぎつぎと貫いていく。
雨は豪雨へと変わってもなお降りつづいている。
ただし嘴の雨は世の法則を無視したように傘を持たない九条だけを避けていた。
銀色の瞳は負力が送出がなくなり魑魅魍魎が生まれなくなるまでを最後まで見届けた。
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