第120話 禁断の能力者 【オムニポテントヒーラー】 


 「えっ?」

 「四仮家先生知らない?」

 九条は話題を変えたと同時に少し声のトーンを落とした。

 そのほうが別の話にスムーズに入れると思ったからだ。

 意識的に表情を緩めてからチラっと二条に目をやる。

 (四仮家先生は六角第一高校の元校長。文科省の二条ならなにか情報を持っているはず)

 「あっ!? あの疑惑の医者のことか?」

 二条はひとり納得しながらうなずいた。

 九条は――やっぱり。という言葉が口から出る前に押し殺した。

 この一言を発すれば自分が四仮家に疑惑を持っていることがバレてしまうからだ。

 疑いが公になれば九久津堂流の死について調べていることと、さらには九久津の治療の妨げになることを九条は危惧した。

 九条は今それを受け流して黙って二条の話を聞くことを選択する。

 そう心に決めて――なんのこと?と、知らないフリで返事をした。

 「知らないの……ってあんたがまだアメリカにいるころか。当局の一部の人間で話題になったのよ」

 「なにがあったんだよ?」

 「使ったのよ」

 二条はなにかの合図のように手のひらを広げた。

 「なにを?」

 「能力ちから

 

 いいながら宙に手をかざした。

 そのジェスチャーは四仮家の能力のことを示していた。

 「能力ちから? どんな」

 「彼の能力はオムニポテントヒーラー」

 「……」

 九条はまったく予想だにしない答えに絶句して二条を凝視したまま黙りこんだ。

 本来ここで返ってきて良い答えはバシリスクとの戦闘後の九久津堂流への治療経過についてだけだ。

 当局内でも疑惑があるとすればそれは九久津堂流に対してのことでなければならなかった。

 九条のなかで思い描いていたことと二条の口から出るはずの答えは「四仮家が九久津堂流のオペ中に不審な動きをみせていた」というセリフでなければいけなかった。

 だが、二条がもたらした事実は四仮家が禁断の能力と呼ばれる【オムニポテントヒーラー】であり、その能力者をすでに使っていたことだった。

 そのことが九条を想像以上に困惑させた。

 サージカルヒーラー百に対してオムニポテントヒーラーはヒーラー能力者の0、0001%ていどしか存在しない。

 そもそも能力者自体も地球の総人口の1パーセント未満でありその中にヒーラーといわれる治癒能力者が存在していた。

 「かなり動揺してるわね? 医者なら当たり前か」

 「そ、それでどうなったんだ?」

 九条は二条につめ寄った。

 

 二条は九条の結論を急かすような圧におもわずのけ反った。

 

 「どっちのこと? 患者? それとも四仮家先生のこと?」

 「患者だよ」

 「知らない」

 「どうして?」

 「密室の出来事だったから」

 「二条。なにいっているのかわからない。だって今、二条が四仮家先生が能力を使ったっていったばかりじゃないか?」

 「まあ、順序立てて話すとね。ある日当局に密告があったのよ。四仮家先生がVIPの患者にとある・・・力を使ったって」

 「その、とある力ってのがオムニポテントヒーラーなんだろ?」

 「そう。ただじっさいに力を使ったのか使ってないのは当人同士しかわからないでしょ? あくまで第三者からの通報でしかなかったんだから。私もその話を聞いたのは当局内でだし。だから限られた一部にしかその話は知られていないの」

 「当局がそんな根も葉もない噂で重い腰を上げるはずないだろ? なにかしらの裏づけがあったはずだ」

 「そう。まさにそこなのよ。密告と同時に差出人不明のある封筒が届いた。消印は六角市」

 「この町から送られた封筒……? 中身は?」