数日後。
「毬緒。今日もざーちゃんと遊ぶのか?」
「そうだよ。今日は前髪を切ってあげるんだ」
「毬緒。気をつけろよ? 毬緒はまだカマイタチの扱いが下手なんだから?」
堂流はそう忠告しながら九久津の腕の軌道を真似た。
九久津は堂流のその腕の振りが九久津自身の欠点を現していることにまったく気づいていない。
「そんなことないもん」
「いやいや、あのやりかたじゃ自分も怪我するぞ」
「大丈夫だもん」
「いいか毬緒。カマイタチを憑依させたあとに腕と体の距離を計算して気流の強弱を調整するんだ。そうすることで小回りが利いて攻守の手数を増やせる。今のままじゃ風の密度が低すぎるし、その大振りじゃ脇に隙ができる」
「俺はあれでいいの」
「だめだ。風が内側に寄り過ぎてる。あんな歪な風でざーちゃんの髪を切る気か?」
「そうだよ」
「ざーちゃんに怪我させてもか?」
「け、怪我……」
九久津は沈黙した。
眉を下げて今にも泣きそうに堂流を見ていた。
「嫌だ」
そうつぶやくとさらに顔をしかめて、真剣に堂流の話を聞こうという姿勢にあらためた。
「だろ。じゃあ俺のようにやってみろ。いいか?」
「うん」
{{カマイタチ}}
堂流の腕にはいっさい無駄のないきれいな風の集合体があった。
気流は堂流の体との一定の距離を保ちつつ堂流の腕に吸いついているようだった。
それが風だとさえ思えない透明な風の刃が堂流の腕と同化している。
堂流がそのまま腕の角度を変えると風は螺旋状に変化していった。
さらに風はまた形を変えて風の短剣となった。
「毬緒もやってみろ」
「うん」
{{カマイタチ}}
九久津も利き腕にカマイタチを宿してみたけれど風の向きが四方八方に散ってバラバラだった。
とても実戦では使えないレベルの召喚憑依術で、ある部分は突出しすぎていて、ある部分の風はすくない。
「毬緒。風を外に放つんじゃなく内側に留めるようにしてみろ? つまり外に出すぎた風を内側から引くようにするんだ」
(って、俺は毬緒に大人用のアドバイスをしてるけど、わずか六歳の子が召喚憑依術を使ってるってだけですごい才能なんだよな)
「えっと、あっ、うん」
九久津は眉をひそめ寄り目になっている。
それは誰が見てもただのしかめっ面だ。
九久津は腕にすべての神経を集中させ、水道の蛇口をゆっくりと捻るように風の出力のバランスを保とうとしている。
しばらくすると九久津の集中力も途切れ、九久津の腕の風は飛散するように肥大化した。
九久津はその反動で自分の腕に振り回されて、千鳥足であちこち歩き回っている。
「ああ、兄ちゃん、助けてー!?」
「毬緒。気をつけろよ?!」
「兄ちゃん。これどうすればいいのー?」
九久津は風に先導されるようにしてなおもふらふらしている。
――ふたりとも精が出るね~。
すこし離れた場所から堂流と九久津に声をかける人物がいた。
「あっ、真野おじさん。こんにちは」
堂流は真野絵音未の父親へと向き直して丁寧に頭を下げた。
「こんにちはー」
九久津も堂流につづき明後日の方向を見ながら挨拶をした。
九久津はようやく召喚憑依のキャパを消費しつくしてカマイタチの召喚が解除された。
「やあ、堂流くん。毬緒くん。こんにちは」
真野絵音未の父親はふたりに挨拶を返してから千歳杉を見上げた。
そこから徐々に視線を落とし風になびいている紙垂の横の見慣れぬ客に気づいた。
「あちらのかわいいお客さんは誰かな?」
「ああ、あの子は友だちのざーちゃんです」
九久津は肩で息しながらも嬉しそうにいうと、堂流も――座敷童なんです。とたした。
「へ~九久津家の守り神かな? いや忌具保管庫の守り神かな?」
「両方だと思います」
「そうだね。忌具は負力を吸収する物。反対に座敷童は希力の代名詞のようなアヤカシ。となると九久津家を守りながら忌具の負力を跳ね返していくといったところかな?」
「そんなところだと思います。ただ、ざーちゃんはあまり強い負力を怖がりまら」
「……あんな小さな体だ。それもそうか。そういえば堂流くんこのあいだの能力者たちの国際交流会はどうだったの?」
「あっ、きいてください。世界にはすごい能力者がいました。とくにフランスのボナパルテ。あいつはすごい!!」
「へ~。堂流くんが褒めるくらいすごい能力者なんだ」
「ええ。それより真野おじさん。今日ってなにかありましたっけ?」
「それが。当局が近日中に忌具保管庫の視察にくるってことで堂流くんの家で三家の臨時会議なんだ」
「へ~そうなんですか? 当局の直轄情報は俺ら一般の能力者には下りてこないですからね」
「いやいや、そのうち堂流くんも当局側の立場になるはずだよ。救偉人でもあるわけだし。じゃあ、すこしおじゃまするよ?」
「あっ、はい。どうぞごゆっくり」
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