第127話 フーアーユー?


寄白さん遅いな~待ち合わせ時間がすこし過ぎてる。

 国立六角病院にいくため待ち合わせなんだけど……くるはずの寄白さんがこない。

 バシリスクがきた日、じつは俺は校長に国立六角病院を紹介してもらっていた。

 ……が、あんな慌ただしいときにいけるはずがない。

 九久津を助けた翌日だってしばらく気持ちがたかぶって病院にはいかなかった。

 そのまま独りでいく勇気もなく、なんとなくずるずる先延ばしにして一週間経ってやっと心構えができた。

 俺の香ばしい目の状態を校長に話すと――近いうちにいってみれば。的な軽いニュアンスだったからという俺の勝手な解釈だけど。

 けっして、けっして、びびったわけじゃない。

 病院おっかねーってわけじゃ……断じてない……ということにしておこう。

 校長はサージカルヒーラーだしもし急病ならすぐ・・にという一言がついたはずだ。

 と、ということで自己判断で引き伸ばしてしまった。

 寄白さんにも絶賛引き伸ばされ・・・・・・中!!

 もうすこしだけ待ってみるか。

 「来週企業見学だ」

 「社会科見学の?」

 「そう」

 「どこいくの?」

 「山研やまけん

 柱のうしろで中学生がそんな話をして歩いていった。

 六角駅ここを利用する誰もが柱の話をするわけじゃないってことか。

 多数派がいれば必ず少数派もいる。

 けど……社会科見学ってもうそんな時期か。

 六角市の南側の山の近くには大きな研究所があって、誰がいいだしたのかわからないけど山にある研究所だから通称「山研」。

 俺が小さいころから呼ばれていた。

 六角市民なら小中学生のときに見学にいくおなじみの場所だ。

 きっと教育委員会が訪問先を決めているんだろう。

 外から見るとすげーでかくてザ・研究所って建物なんだよな。

 ただ外見は窓がなくて未来的だった、って俺があそこに見学にいったのは小学生のころか。

 「ハーイ!!」

 俺は突然誰かに話しかけられた。

 すこし視線を落とすと白いリボンの金髪ツインテールの小柄な女の娘がヒョコっとしていた。

 完璧な触覚、大きなくりくりの瞳、澄んだ青い目、涙袋の上もうるうると潤んでいる。

 海外の娘だ。

 

 今、初めて会った外国人は見慣れた制服を着ている。

 なんてったって六角市の市立高校はみんな同じ制服だから。

 じゃあどこで高校名を判断するのか? それは胸元にあるエンブレムを見れば早い。

 六芒星の中に……えっと……「二」という漢数字がある。

 ってことは「六角第二高校にこう」の生徒か。

 しかも見た感じ制服も真新しい。

 

 最近日本にきた娘だろう。

 クールジャパンに憧れた娘か? ……と思ったけどそんな様子はない。

 謎の漢字Tシャツも着ていない。

 日本人が見たら――なんじゃそれ?ってツッコみたくなるあのTシャツだ。

 って、そもそも「六角第二高校にこう」の制服プラスYシャツ、リボンなんだから漢字Tシャツを着てるかどうかなんて判断できねー!!

 ま、まさか九久津と入れ替わりに来日した交換留学生か? 本当に日本にきてたってオチか? 

 「アイムファインセンキュー!? アーユーチェリーボーイ?」

 な、なんだ? いきなりチェリーボーイだと? 俺のこのたたずまいを見ての狼藉ろうぜきか? どこをどう見てもふつうの高校生だろう。

 全校集会で埋もれるくらいの男だぞ。

 まあ、それとこれとチェリーは関係ないけど。

 「ノ、ノットチェリー。アンドユー?」

 英語はよくわからんし否定しておくにこしたことはない。

 高校で習う英会話くらいならなんとかなるけどトーイックのハイスコアみたいなのでしゃべられたらヤベーし。

 この場合「アンドユー」っていっていいのか? あなたは?って意味だよな。

 けど仕方がない先に刀を抜いたのはお主だ。

 ここは日本、日本にきたからには刀で相手をするのが礼儀だ。

 「ホワァット?」

 なに?っていったよな? けどそんなことは知らん。

 この隙に駅前から逃走しよう。

 俺は誰彼だれかれ斬るような輩じゃない。

 余生は達者たっしゃに暮らすがよい。

 だが俺が右にいくと右についてくる、そこで俺は逆にいこうとして左に足を出すと左についてきた。

 その娘はなぜか俺のゆくてをことごとく阻む。

 

 ま、まさか海外の絵でも売りつけられるのか? そ、それともどこかの先住民が彫った超絶技巧ちょうぜつぎこうの木彫り人形でも……売り……つけ……ん?

 なんか不思議な感覚だ? デジャブ?

 この行動パターンは……たしか一ヶ月半ほど前にも体験したような……。

 「うそつくなアルよ? チェリーボーイ!? うちのブレザーの中を透視するようにジロジロ見てたアル」

 「えっ?」

 いや、いや、いや、いや、ち、ちげーし!?

 あ、あれは漢字Tシャツが見えないかな~って思っただけだし。

 Yシャツなら透けるかな~って? ご褒美を期待するけどブレザーじゃな~。

 俺はただただ心の中だけで反論した。

 「まだ見てるアルな? ボーイスビーチェリー」

 ボ、ボーイズビーチェリーってなんて語呂のいい。

 けど「少年・チェリー」ってもはや意味をなしてはいないけど、童貞変格活用を使ってくるとはなかなかエキセントリックな娘だ。

 めっちゃくちゃな言葉で異文化コミニュケーションするにもほどがあるぞ。

 「だいたい女子に向かってアンドユーっていうなアル!?」

 なんか寄白さんの要素が入ってるな。

 というか寄白さんをベースにしてるっぽい娘だな。

 「うちは日本語話せるアルよ。よく聞くアルよ」

 えっ、話せんの? ってさっきから言葉遣いがだいぶぐちゃぐちゃだけどカタコトで日本語を話してたか。

 

 「……あっ、はい。聞かせていただきます」

 とりあえず話は聞いてあげよう。

 この広いようで狭い日本で迷子になっただけかもしれない。

 異国の町でさぞ不安なことだろう。

 「六角第二高校にこう」の制服は偶然手に入れたコスプレ、ということにすれば問題なしノープロブレム!!

 

 「複アカ禁止。垢BANされた。くし通せ。電凸でんとつやめろ」

 「えっ……」

 な、なんだよ? そのスラング祭り。

 誰だよ、こんな言葉を教えたの? せっかく日本にきたんだから花鳥風月かちょうふうげつとか百花繚乱ひゃっかりょうらんとか日本の風情を前面に押し出すようなもっとそれらしい言葉があるだろ。

 

 「そ、それは日本語だけど日常で使う言葉とはほど遠いと思うでおじゃるよ」

 

 俺はきれいな(?)日本語で答えた。

 「じゃあおまえが教えるアルね?」

 「な、な、なぜ、僕がターゲットに?」

 「おまえ沙田アルね?」

 

 「そ、そうですが。あなたはどちらさまで?」

 ど、どうして俺のことを知ってる? どこかで会ったことが? いや似てる娘なら知り合いにいるんだよ。

 けどきみじゃない。