第131話 ミステリ小説


 「ちょっとそこ見たいアルよ?」

 今度はエネミーが俺の横の座席にやってきて、体をうしろ向きにしてバスの後方をながめている。

 エネミーにとっては見慣れない町並みばっかりだからな。

 足をバタつかせるこの感じもやっぱり子どもの行動だ。

 制服のスカートからチラっと太ももが……けっしてのぞいたわけじゃない勝手に見えたんだ。

 どこかにぶつけたのか痣だらけでアクティブなエネミーらしい。

 この世界が楽しくてしょうがないんだろう。

 こんどスイーツでもおごってやるか? いつの間にか俺がエネミーのお守役になってるし。

 社さんはエネミーを俺に預けるようにして左斜め前の通路側席でなにかの小説を読んでいた。

 なんて読書姿が似合うんだろう。

 儚げな感じがなんともいえない。

 俺は社さんから本に視線を移した。

 小説の表紙は夜空に青い月が浮かんだデザインでジャンルはミステリ小説っぽい。

 ブックカバーもかけずに意外と男前だな。

 ……ん? 表題のロゴにだけ装飾が施されていた。

 【世界ミステリー紀行。切り裂きジャック 白日の凶行と闇夜の凶行】

 【世界ミステリー紀行。】はそのままふつうの文字で【切り裂きジャック】のロゴは部分はナイフの画像と重なっている。

 【白日の凶行と闇夜の凶行】は上下に切り目が入っていて斜めにずれ落ちるデザインだった。

 そしてすこしだけ小さな文字でノンフィクション小説と書いてある。

 切り裂きジャック? ノンフィクション小説? って現実の話だよな。

 

 新解釈とかそういう感じの歴史ミステリーか? 社さんってこういうのタイプの本が好きなのか~。

 俺が小説の装丁を見ているとエネミーは――誕生してまだ四日。だと教えてくれた。

 

 やっぱり動きは園児だけど「シシャ」を隠す意志はいちおうあるみたいだ。

 ふつうの人が見たら表情豊かでオーバーリアクションをするハーフの女子高生。

 生まれて間もないけど文法や思考も独特な憎めないやつ。

 これからもたくさんのことを吸収していくんだろう。

 てか誕生して四日ってことは四日前に六角神社であの儀式をやったんだ? じゃあその日に社さんとエネミーは出会ったのかな? ……ん? な、なんか謎の視線を感じる。

 こ、これはエネミーじゃない。

 社さんも突然俺のほうをバッと振り向いた。

 「……?」

 なんだろう。

 社さんもこの視線に気づいたのか? 俺は社さんと目が合った。

 けどエネミーはとうとつに――雛。うち来年の春山崎春のパン祭りいきたいアル。とまったく別のことをいった。

 なにをいうのかといえばこれだ。

 「エネミー。それはただ皿が当たるだけよ」

 社さんはそういってふたたび本のページをめくる。

 誕生してわずか四日のエネミーの扱い慣れてるし。

 きっと社さんにエネミーがなにをいっても微動だにしないんだろう。

 今の視線の現象についてはなにもいわない。

 第六感的なやつでとくに意味はないのか?

 「じゃあ谷崎夏のパン祭りは?」

 「ないわよ。そんなの」

 今度は振り向くこともなく返答した。

 おう、クール。

 「川崎秋のパン祭りもないアルか?」

 「ないわ」

 ――じゃあ、海。とエネミーがいいかけたときに社さんはすぐに遮った。

 ――当然海崎冬のパン祭りもないわよ。と、返して指を本に這わせた。

 社さんすごすぎ。

 俺が社さんに気をとられてると――違うアルよ。海崎冬の米祭りアル。とエネミーは違う角度から攻めていった。 

 お~エネミー変化つけたな!! 

 そんな球種も持ってたのか。

 「それもないわよ」

 社さんは指先でページを押さえながら、ゆっくりとこっち向き無表情でエネミーに返した。

 あの指はどこまで読んだのかの栞代わりか。

 「そうアルか?」

 「ええ」

 「残念アル」

 社さんやっぱりクールだ。

 どこかでバスの乗り換えでもするのかと思っていたけど俺たちはとある停留場で降りることになった。

 ――キンコーン。車内に誰かが押した降車ボタンの音が響く。

 なんでも自分やりたい時期のエネミーは案の定、降車ボタンを自分で押したいとダダをこねた。

 だから俺らがバスを降りるときのボタン係をエネミーに一任した。

 俺は――キンコーンと車内に音が鳴ってボタンが点滅したときのエネミーの笑顔を見逃さなかった。

 エネミーは自分の合図でバスを停めた満足感で浮かれている。

 けど不思議だ? こんなところで降りてどこにいくんだろう? この辺に病院施設なんてありそうもないのに。

 なぜならここは山の研究所がある場所で六角市民が「山研」と呼んでいる場所だからだ。

 バスは俺たち三人を残してつぎの停留場へと向かっていった。

 俺がうしろを振り向くとテールランプはもう点に見えた。