第185話 にぎわう街


 でもあんなものをぽんと買える人もたしかに世の中にはいる。

 俺はそれからもしばらくミニカーのコースのようなロータリーをながめてから寄白さんところまでいく。

 寄白さんはなぜか俺を見てはヘアサロンの前に貼られているフライヤーとを見比べている。

 なにをそんなじろじろと……? 俺をチラっと見ては凝視してヘアサロンのガラス窓に目をやる。

 そしてまた俺を見た。

 しかも下目づかいでなんて子憎たらしい顔なんだ。

 ツインテールのときの性格ってこんなんだっけ? えっ? マ、マジで? それが俺だとでも? 寄白さんが見ていたのは「六角市中央警察署」が配布した【最近、市内全域に変質者が出没しています。ご注意ください】という貼り紙だった。 

 おいおいそんなあからさまに見比べないでくれるかな? 寄白さんの中で俺はやっぱり変質者? あるいは変態? たとえ俺がストーカーになっても山田と違って後味すっきりなノンアルコールストーカーになるぜ。

 山田はしつこそうだから。

 ここはいったん寄白さんからちょっと離れたところに避難しよう。

 うん、そうしよう。

 このままじゃ俺は寄白さんの中で俺イコール張り紙の変質者という公式が成立してしまう。

 俺はそこから数メートル離れたCDショップの前に徐々に移動をはじめた。

 り足で小さくちょこちょこと横歩きして寄白さんから遠ざかっていく。

 寄白さんは俺に視線を戻すことなくガラスに映った自分を見てツインテールの片側を巻いている。

 そうかと思えば触角をツンツンする、けれど触角の角度はちょっとやそっとじゃ変わらなかった。

 あ、あれは癖毛だったのか? 寄白さんにはなにか憧れの髪型があるのかもしれない。

 いつもはイヤリングに溜めた瘴気を流すために数パターンの髪型しかできないからな。

 

 そっちありきの髪型で見た目先行の髪型はできない。

 素人考えだけどゆるふわヘアだと瘴気が上手く流れずに”ふわ”の部分に溜まってしまいそうだ。

 せっかく目の前にオシャレな美容室があるのにリボンと同じで手を出せないのかな? 今までもいろんなことを我慢してきたんだろうな……。

 駅前通りは六角市の中でもとくに人通りが多い場所のひとつだ。

 今日の目的であるスイーツパーラーはもちろんデパート、居酒屋、靴屋、セレクトショップ、スポーツ用品店、ゲーセン、銀行までなんでも揃っている。

 そして俺の人生で関わることのないだろう証券会社まであるし駅前の外れには市民会館もある。

 さ、さらに別の通りは飲み屋街になっていて伝説のキャバクラというものが存在しているらしい。

 その近くには一時期ネットでバズったリサイクルショップ「モグラ泣かせ」もある。

 モグラよりもすごい掘り出し物を掘ってくるから店長が自分でそう名づけたらしく飲み屋に勤めるお姉さまたちが換金目的で押し寄せているという。

 寄白さんはまだヘアサロンの前で髪を触っていた。

 こんなときじゃなきゃそんなこともできないか。

 俺はCDショップの店頭に貼られているポスターに目を移した。

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 HPAヘクトパスカルをプロデューサーに迎えた豪華メンバーによるコラボ曲がついに完成!!

 最強布陣で臨む珠玉の一曲を聴き逃すな!?

 【A子 feat. B-男 feat. C助 with DJ-D  inspire E美 feat. F太】

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 うわ~、どいつがどいつにフィーチャーしてんのかわかんねー? だいたいDJ-Dは誰にウィズってんだ? C助なのか? それともB男? いやA子までなのか。

 てかDJ-DがE美とF太をウィズらないなら一緒・・にっていうなよ。

 だ、だがしかしそんな微妙な四人にさえもインスパイアされるE美、きっと優しい娘なんだ。

 そして最後のF太。

 すべてをひっくるめてフィーチャーするなんて、なんて心の広い男だ。

 A子もB-男もC助もDJ-DもE美もF太を見習えよな。

 プロデューサーはあの有名なHPAヘクトパスカルか。

 このHPAという人は色んなアーティストやアイドルを手掛けていてHPAと組んでヒットしたアーティストは多い。

 ポスター脇からCDショップの店内が見えた。

 レジのすぐ横にはワンシーズン主力メンバーの四人の等身大パネルが置かれている。

 その場所だけは華やいで見えた。

 近々、新曲が出るという告知も貼られていた。

 新曲情報は昨日Webで見たな。

 この力の入れようはいつも通り特設コーナーが作られる感じか。

 いよいよ新曲か~魔障のアスって娘はどうなることやら。

 メンバーのあいだでいまだに怨み辛みやってんのかな? 俺がデパート前の交差点に目を向けると金髪の女子高生が上り下り八車線をまたぐ横断歩道の白線のうえをぴょんぴょんと跳ねていた。

 

 今、俺の目の前を通りすぎていった人も赤信号から青信号になったタイミングで交差点を渡りはじめた。

 その人のスーツの襟元にキラっと光るものがある。

 【KK】という文字の青いバッジ、国交省の人だ。

 近衛さんの部下なのかも? どのみち顔見知りだろうな。

 やっぱ六角駅の下にはジオフロントがあるのかもしれないと怪しんでしまう。 

 国交省の職員は白線のうえで変な動きをしてる金髪の女子高生をすれ違いざまにチラ見してそのまま横断歩道を直進していった。

 金髪の女子高生は独特のリズムで一度にポンポンと白線を踏むときもあれば、前のめりになって手をバタバタさせているときもあった。

 あっ!?

 【道路工事中】の「痛い看板=痛看いたかん」に気をとられたのか? 昨日とまるで同じパターンでらしいっちゃらしい。

 

 ――あ・た・し。好きアルよ。そんな声が聞こえてきそうだ。

 エネミーひとりできたのか……? 社さんはどうしたんだろう? エネミーはアスレチックのように白線を飛んで交差点を渡り切ったところで俺を見つけて駆け寄ってきた。

 走りかたが子どもだ。

 いや知っている顔を見つけてが走ってくる行動自体が子どもだ。

 「地獄に落ちたアル」

 開口一番なんの話だ? エネミーは息をきらせてそういった。

 「どういうことだよ?」

 「白線から落ちたアル」

 ああ、子どものころそんな遊びもしたな。

 自分で決めたルールの数だけ白線を踏むとか。

 だからあんな変な動きをしてたのか?

 「交差点の白線から落ちたのか?」

 「そうアル。白線が天国でアスファルトが地獄アル」

 「じゃあルール変えれば? 白線が天国でアスファルトがこの世みたいに」

 「ダメアル。そこ曲げられないアル」

 意外と頑固だな。

 ルールは完全順守するってことか?

 「そっか。じゃあつぎ頑張れ」

 「つぎは落ちないアルよ」

 エネミーは子憎たらしく下目づかいした。

 こ、この角度の目つきはさっきの寄白さんじゃねーか!?

 「まだやるのかよ? ところで社さんは?」

 「上いきのエレベーターのほうがバイブスヤベーアルな」

 

 「ん? どういうこと?」

 

 「上は効くアルよ~」

 「なにってんの? 」

 俺がそう訊くとエネミーはクルっとうしろを向いて建物の上層階うえを指さした。

 「本屋にいるアルよ」

 

 そこは六角デパートでエネミーが指さしたところには全国展開している大手本屋が入っているフロアだった。

 昨日もバスの中で【世界ミステリー紀行。切り裂きジャック 白日の凶行と闇夜の凶行】ってミステリ読んでたから社さんってやっぱ読書家なんだ。

 近寄りがたき知的美人って、だ、誰も近寄れねー。

 「社さんを本屋においてきたの?」

 

 「探したい本があるから先にいっててといわれたアルよ」

 

 「そうなんだ。まあ、いっか」

 「やっぱりデパートのエレベーターはモーターが違うアルな~」

 エネミーが憧れの眼差しで目を輝かせたところにはデパートの中を上下しているエレベーターがあった。

 二十人ほどが乗れそうな鉄の箱はまるで火であぶった温度計のように高速で上に上がっていった。

 エネミー昨日も病院のエレベーターではしゃいでたけど、どんな視点でエレベーター見てんだよ? いや、楽しんでんだよ!?

 やっぱりプロエレベーター(?)を目指してんのか? それとも幼児が親に高い高いされるようなものを求めてるとか……。