第186話 ポンコツなふたり 


 エネミーは小走りしてきたからなのか暑そうにしている。

 額の汗を手で拭い脱いだブレザーを小脇に抱えると器用にYシャツを二の腕までめくって一息ついた。

 「ああ~ミックスベリー・バニラクリーム・フラペチーノ飲みたいアル」

 

 そのチョイスは女子高生だな。

 「ミルク・ピスタチオ・チョコかき氷食べたいアル」

 女子高生チョイスツー!!

 てかこれからパフェ食うんだよな? スイーツ×かけるスイーツ×かけるスイーツになるだろ? あっ、エネミーの二の腕に痣と包帯が、いや、べ、別に二の腕を意識して見たわけじゃないぞ俺は……。

 こ、こんなことを考えてたら寄白さんに【最近、市内全域に変質者が出没しています。ご注意ください】を疑われる。

 俺は周囲を見回す。

 おお、セーフ、寄白さんはまだヘアサロンに夢中だ。

 寄白さんは両手でツインテールの両端をファサファサしていてまだ夢の世界にいるようだ。

 こっちに気づく様子はない、助かった。

 エネミーまたはしゃいでぶつけたのか?

 「エネミーその腕の痣また? それに包帯」

 「大丈夫アルよ。うちはフル関節駆動アル」

 どういう意味だ? エネミーは力コブを出すようなポーズをして二回腕を上げた。

 こんなのは痛くないから腕を動かせるという大丈夫アピールだろう。

 「そっか」

 「ほんとは片方の眼に包帯グルグルしたいアルよ」

 あ~またアニメに感化されたのか? なるほど。

 深夜アニメ、いや、エネミーは前の死者の真野さんのときから有料アニメチャンネルアニチャンに入ってるっていってたな。

 じゃあそっちのラインナップか。

 

 ま、まさか俺の知らないOVA、そ、それともネットオリジナル系? その可能性も捨てきれない。

 けどまずいな、エネミーにアニメ主導権をとられそうだ。

 俺の一歩先をいってやがる。

 エネミーが包帯をさっと解くとそこにはなんの痣も傷もなくて最初からはみ出てていた二の腕の痣がひとつあるだけだった。

 そ、それはファ、ファッション包帯? コスプレ感覚の俺に見せびらかす用だったの、か? 

 エネミーは自分の腕をながめてからYシャツの袖を元に戻した。

 まだ暑そうにしてるけどまたブレザーを羽織った。

 エネミーは無言で俺を見つめてくる。

 だめだ。

 どんな意図なのか読めない。

 や、やっぱり、コスプレアイテム的に包帯を巻いていたということか。

 だが、いつものしてやったり感が薄い気がする。

  

 ……ん、まてよ? けどすぐに制服を着たということはやはり完全に見せる用だ。

 最近のアニメか漫画でそんなキャラいたっけ? OVA説かなり濃厚だな。

 「それって」

 俺がそう訊こうとしたとき。

 「かっこいいアルか?」

 やっぱりだ、エネミーは得意顔でそう訊いてきた。

 「えっ、いや、もうちょっと赤で血糊ちのりっぽいデザインだと雰囲気出るかもな」

 「おおー!! それかっこいいアル!!」

 悲しいかな俺とエネミーのバトル脳が一致した。

 知らぬ間に俺とエネミーのふたりで盛りあがっていると寄白さんがこっちに向かって歩いてきた。

 おっ、ついに動き出したか。

 

 寄白さんの視線の先にちょうどエネミーがいる。

 CDショップの前でツインテールの寄白さんがついに俺とエネミーに合流した。

 このふたりが出会うとどんな化学反応が起こるのか? 寄白さんはエネミーの真ん前に立って無言でエネミーを見つめている。

 エネミーも無言のまま寄白さんを見つめ返した。

 黒の触角の先端と金の触角の先端がきれいに交差する。

 ほ~アホ毛の角度は完全に一致するのか。

 まあ、それが「シシャ」か。

 寄白さんはゆっくりと人差し指をエネミーに向かって差し出した。

 エネミーもそこに腕を伸ばして人差し指を密着させる。

 ふたりは指先をくっつけたまま指に力を込めていった。

 まるで地震のメカニズムプレートのように指がしなって山になる。

 ふたりは歯ブラシのCMにでもなりそうな感じで同時にニカっと満面の笑みを浮かべた。

 そのままおたがいにおたがいの体を引寄せて強めのハグをする。

 すこしだけ相手の顔を見ては微笑み、またハグをする。

 たがいにたたえ合うようにして背中をポンポン叩いている。

 おーおー、また見つめ合った。

 そしてそこからのハグ。

 ふたりは自分たちのあいだにすこしの距離をとった。

 な、なにがはじまる、の、か? ふたりは腕を斜め下にピンと伸ばしきってから敬礼した。

 たがいに敬意を表すってこと……? 寄白さんとエネミーはさらにそこからゆっくりと二歩、三歩とうしろに下がっていった。

 その位置から小走りで勢いをつける。

 

 えっ、えぇぇー!?

 ま、まさかのジャンピング・ランニング・ハグ!!

 なんか「ングング」がつづくな、まあ、いっか。

 海外の結婚式かよ? さらにおかわりでもう一発。

 なんじゃそりゃ? だが、な、なにかが通じあったらしい……いったいどういう状況だ? けど、今ここで六角市の「使者」と新しい「死者」がハグしてるなんて誰も思わないだろう。

 この事実を知る者は六角市で今俺だけだ。

 六角市に流れる「シシャ」の噂もこの光景だけ見たらほのぼのとしたもんだ。

 完全に日常系だな。

 寄白さんは歩道の境界ブロックの上にいてエネミーよりも一段高い場所にいる。

 自分の額で手傘を作ってからそれを小刻みに伸ばしてエネミーのでこに当てた。

 これがマンガなら「キリトリ」という文字と点線が出てるだろう。

 これも日常系だ。

 ただその行動にどんな意味が? 自分のほうが背が高いというマウンティングか? そうこうしてると寄白さんとエネミーの立ち位置が入れ替わった。

 エネミーも同じ動作を繰り返してふたりはまた笑顔になった。

 

 「オーイエス!!」

 エネミーはたいして高くもない境界ブロックから戦隊物のような掛け声で飛び降りた。

 久々のネイティブ発音の掛け声とともにおたがいの頭上でハイタッチする。

 息ピッタリで――パチンと抜けるような音が響く。 

 

 なんやねんっ!? 

 だがもうしばらく観察しよう。

 「美子。あれ見るアルよ」

 

 「エネミーさんなんでして?」

 「昨日いっき見したアニメのアニソンもこのプロデューサーが関わってるアルよ」

 やっぱり昨日もアニメ観てるし。

 てかバス停でパフェを食べたいとさんざん駄々をこねたうえに帰宅後にアニメをいっき見するとは自由すぎる。

 あまりに自由すぎるぞエネミー。

 ちょっとウラヤマだ。

 でも、昨日のあのとき……あんな悲しいこと・・・・・・・・をいうとは思わなかったけど。

 エネミーはもうすでに自分の運命・・を受け入れていた。

 どれだけの人が生まれた時代に満足して生まれた場所に満足して、生まれた環境に満足して自分・・に満足するのか? 多くの人は――こんなはずじゃなかったって想ったことはあるんじゃないのか? すくなからず俺にだってそれはある。

 「すみません。わたくし存じ上げません」

 「あの有名プロデューサーアルよ」

 「どちら様でしょうか?」

 「パクトヘスカル・・・・・・・アルよ」

 「パストヘスカル・・・・・・・さん?」

 「美子、違うアルよ。『季節風モンスーン・カミングスーン』でおなじみのパクトヘスカルアルよ」

 「では、その曲の発売前の宣伝は『季節風モンスーン・カミングスーン』Coming Soonカミングスーンでしたか?」

 ……? ふたりはいろいろと噛み倒した。

 多くの子どもが「とうもろこし」を「とうもころし」といえないようにHPAヘクトパスカルもいいにくいんだろう。

 寄白さんとエネミー「使者」と「死者」のふたりはこうやってバランスをとってるのかもしれない。

 寄白さんとエネミーの訳わからん掛け合いはなんかほのぼのできるからイイわ~。

 誰かの辛い想いはほんとうに精神すり減るからな。