今、この瞬間だけは休戦日みたいなものだ。
誰が決めたわけでもないけど俺らが勝手にそう決めた。
せっかくの機会だからゆっくりしよう。
四階のアヤカシは【学校の七不思議】という種類のために主な活動時間は放課後から早朝くらいまでだ。
なにかあればそのときに亜空間を使ってショートカットすればいい。
そのなにかにどうやって備えるか? それは社さんの式神と【ドール・マニュピレーター】という能力だ。
「六角第一高校」の四階でなにかあった場合蜘蛛の巣のように張り巡らせた社さんの弦が社さん本人に異変を知らせるという。
バシリスクの出現を見抜いた力だから相当精度は高いんだろう。
でも半年前の怪我の影響があって今でも本調子じゃないと校長は心配していた。
能力者とは常に危険と隣り合わせ、そんなこと俺だって知ってる……つもりだけかもしれない。
【走る人体模型】
【ストレートパーマのヴェートーベン】
【段数の変わる階段】
【誰も居ない音楽室で鳴るピアノ】
【飛び出すモナリザ】
【七番目を知ると死ぬ】
「六角第一高校」の七不思議は七不思議でありながら実質は六つだ。
【走る人体模型】は前のやつとは違っていて寡黙な感じで廊下を走っている。
でも、寄白さんはそいつをそのまま放置してる、いや見守ってるのかな?
【ストレートパーマのヴェートーベン】は音楽室に絵画があるやつなら【ヴェートーベン】じゃなくても出現する。
だから俺が腰を打った日に出た【バッハ】は退治された。
そのあともまた【ストレートパーマのヴェートーベン】が出現した。
人体模型は今のやつと前のやつとではまるで違うのに【ストレートパーマのヴェートーベン】は見かけも性格も最初のときと同じ感じだった。
【段数の変わる階段】はそもそもそういう噂だけ。
【誰も居ない音楽室で鳴るピアノ】はゆいいつ俺が転入してから同じ個体でいわゆる生き残りだ。
【飛び出すモナリザ】は寄白さんと九久津に倒されてからは出現していない。
【七番目を知ると死ぬ】は物理的にどうこうなるわけじゃないただの噂だけ。
本屋から直接店にくるという社さんからのメールをエネミーが受けとったから俺と寄白さんとエネミーの三人は一足先にスイーツパーラーに入った。
最初に席を確保しておくって意味もある。
校長はまだ着かなさそうだし九久津からの連絡もない。
店内はホットケーキのようなホイップクリームのような甘い匂いがしている。
店の内装は校長が選ばないようなカラフルな小物があったりポップな感じで俺と同世代くらいの女子には受けが良さそうだ。
【フォトジェニックな”マル秘特別パフェ”】という、いかにもなフライヤーも貼ってあるし。
現に店内の九割五分は女子だ、男の率低し。
さらに【無農薬と産地直送】の赤文字も目立っている。
これも健康にこだわる人の食いつきがよさそうだ。
この店だけはさすがに近衛さんとは無縁だろう。
一階は対面販売のレジとイートインスペースがあって二階は一階よりも大人数で座れる団体客用の席がある。
寄白さんとエネミーがわいわいしてるから俺は店の端に寄って店内をながめていた。
「沙田、上いくアルよ」
「あっ、ああ」
二階もそれなりに人で混雑している。
俺たちはひとつのテーブルを囲み三人三人が対面で座れる席を選んだ。
俺は奥に追いやられたけどラッキーなことに窓側だから解放感がある。
店名が反転したカッティングシールが窓ガラスに貼られていた。
これを外側から見るときちんと店の名前が読めるようになる。
カッティングシールの文字の隙間から路面をながめると、いろんなショップの紙袋を持った人が俺の足元をどんどん進んでいく。
これから家に帰るのか、また別の店にいくのか、あるいはなにかを食べにいくのか。
なんにしても道ゆく人は楽しそうだった。
でも、内心はわからない。
辛いから気晴らしのために【駅前通り】にきたって人もいるだろう。
俺が顔を上げると目線の高さにCGのような雲が流れていた。
ものすごい速さで黒い雲に変わっていく。
暗雲が立ち込めるとはあんな様子をいうんだろう。
けど、この場所からずっと離れてるから【駅前通り】には影響がなさそうだ。
「アニメだと真っ黒な雲のアップがきたら悪いこと起こるアルよ~」
俺の横にいるエネミーも窓に寄ってきて同じ雲を見ていた。
またアニメ演出方法か? 縁起でもないけどエネミーのいうことは正解だ。
たしかに黒い雲のアップは不吉フラグ。
寄白さんはそんな外のことなんてお構いなしにラミネート加工されたふたつ折りのメニュー表を吟味していた。
「それはアニメの中だけだよ」
「わからないアルよ~」