周りは縦長のスマホを横に傾けた人たちでいっぱいだ。
――カシャ、カシャ。っと音がする。
パフェそのものを被写体に一枚。
つぎは自分を画角に入れて一枚。
最後は友だちも集まって一枚。
あっちでもこっちでもそんな人であふれている。
座ったままの態勢からしだいにエスカレートして身を乗り出して撮影している人もいた。
これが現在の高校生だ。
寄白さんもエネミーもそんなことはしない。
どころかスマホを出すこともない。
この空間では写真を撮らない人のほうが異質だった。
寄白さんもエネミーも周囲を気に留めない周囲も俺らを気に留めない。
「写真を撮らない人を撮る」なんてこともない。
人は人に無関心だ。
人は人を見てるようでそうでもない。
俺だって例外じゃない。
九久津の家にいくときに乗ったバスの中で覚えてる人は?と訊かれてもよほど印象に残る人以外は覚えていない。
俺が覚えているのは頬に黒子のあった【黒杉工業】の人とダークスーツを着た国交省のふたりだけだ。
ふたりはパフェを自分たちの手前に引き寄せた。
寄白さんとエネミーは周りがなにをしていても我が道をいく。
この世界でこの社会でスポットライトを浴びてはいけない存在、こう見えてもふたりは「シシャ」なんだから。
本当はふつうの高校生みたいなことをしたいのかもしれない。
寄白さんはヘアサロンの前で髪を梳かすだけで楽しそうにしていた。
別の意味のウィンドショッピング……。
他にあんなことをして喜ぶ女子高生を俺は知らない。
違った髪型になった自分を想像するだけの制約の中を生きている。
だからコールドスプレーを吹きかけられても理不尽な目にあってもまあ許せるかな。
ふたりはふつうの女子高生に溶け込んでいるけど内面ではいろいろ我慢しなきゃならないことが多い。
ふつうの高校生じゃないことの代償をどれだけ払ってきたのか? これからどれだけ払いつづけるのか?
でもふたりはそんな状況をはじめから受け入れてるようだった。
いや、もう受け入れているに違いない。
奇声を上げて廊下を走ってくる人体模型の前に立てる女子高生が他にいるか? 人を噛み殺すようなモナリザを相手にする女子高生が他にいるか? エネミーだって意外とここでは我がままをいわない。
じつは子どもって大人が思うよりも場の空気を読めるらしい。
声を出しちゃいけない場所で黙ったままでいる赤ちゃんはそういうことがわかるのかもしれない。
エネミー昨日出会ったときに――うちのことバズれ? とか冗談をいってたけど。
インドアでアニメ好きなのはそういう影響もあるのかもとも思う。
エネミーもどこかで孤独に怯えている。
――うちがいるとみんな悪い影響を受けるアルよ。だからいつか独りになるアルよ。
エネミーが昨日駄々をこねる前にぽつりとつぶやいたことだ。
誰がそんなこといったんだって訊こうとしたときだった。
――死者はそういう存在アル。だからいつか転校しなきゃいけないアル。
淋しそうだったけどエネミーはエネミーで自分の立場を理解していた。
だからみんなでパフェ食べるくらい別にいいかって思った。
エネミーの性格があんなだから「シシャ」の中でも負の立場の存在だったことを俺は忘れていた。
校長のいっていた――負の象徴である死者を一ヶ所に留めることはとても危険なの。真野絵音未自身がなにもしなくったって真野絵音未からの負の影響を受けてしまう一般人は必ずいるから。だから現死者である真野絵音未は六角市の高校を回遊しなければならない――って話を聞けばエネミーが転校するのは絶対だということがわかる。
真野さんのつぎの死者がエネミーで死者として同じポジションにいる。
そう遠くない日に「六角第二高校」から転校するのはわかりきっていた。
転校経験のある俺には学校を変わる苦労がよくわかる。
昨日、エネミーは夕暮れ間際でナーバスになっただけかもしれないけど社さんから離れたくなさそうだった。
社さんは冗談めいて――エネミーが転校するなら。私も一緒に転校しようかな? なんて返していた。
それは友情じゃなくて優しさを越えた愛情に似ている気がする。
愛情といっても同性を想うものではなく妹を思う姉、あるいは親を思う子どものような? どのみち家族のあいだにあるような「情」だろう。
エネミーは顔を突き出しておもいっきり生クリームにかぶりついた。
か、完璧な赤ちゃん食べ。
いや、贅沢食べと呼んでもいい。
てか最初の一口がそれかい!!
俺の周りにだけ流れていたどんよりとした空気がいっきに散っていった。
そう、エネミーには能力者が持つ能力じゃないけどこの場を和ます力がある。
風属性のアヤカシを腕に憑依させて剣にするとか、イヤリングから光の槍を出すって能力だけが【能力者】ってわけじゃない。
人にできないことができたらそれはもうみんな【能力者】だ。
エネミーは口の周りにぽわぽわクリームをつけながらこっちを向いた。
「甘いアル。美味しいアル」
「だろうね」
案外こういうとこでリカバリーしているのかもしれない。
生クリームなんだから甘いのは当たり前だ。
こんな顔をする赤ちゃんの動画観たことあるな。
寄白さんは静かに生クリームの上をちょこんとすくって一口食べた。
この「シシャ」のふたり対照的なところはほんと対照的だな。
真野さんはこのふたりとまったく違っていてものすごく大人しい娘だった。
そこは死者の個性か? ブラックアウトした状態の真野さんを除き俺は一度しか会ったことないから一概にはいえないけど。
つぎに寄白さんとエネミーはイチゴをスプーンですくった。
ほう、こんどは同じ行動パターンか。
ふたりはまたもやシンクロした。
寄白さんは自分のスプーンをエネミーの口元へ、エネミーはエネミーでイチゴをすくって寄白さんの口元へと運んだ。
なぜかふたりは完璧なクロカウンターイチゴを決めた。
それぞれが子どものように――あ~ん。とイチゴを頬張ると口の中にエサを隠すリスのように片方の頬が膨らんだ。
口をモグっと動かしてひと噛みしたときだった。
ふたりは片方の頬を膨らませたままで小刻みに震えはじめた。
なんだ? これがマンガなら目はバツ印で口はおちょぼ口になってるだろう。
いまだにほっぺたがぷるぷるしている。
その振動がスプーンにまで伝わってスプーンもぷるぷるしていた。
あーこれは酸っぱいイチゴに当たったな。
寄白さんは俺の感覚でバツ印の目(?)のまま頑張ってプリンをすくった。
エネミーも震える手でプリンを目指している。
ふたりはようやくプリンの山を崩すことに成功した。
そのままおたがいにクロスプリンでお口直し。
これって個人個人でプリンを食べればもっと時短できるのに……なんて元も子もないことはいわないけど。
今度はふたりほんわかした表情を浮かべている。
あま~いプリンに助けられたようだ。
酸味から回復したのをいいことにつぎのフルーツに手をつける。
えっ!?
ま、また寄白さんがぷるぷるしてる。
と思ったらエネミーもぷるぷるしていた。
こ、今度はなんだ? お、おう!?
つぎは酸っぱいキウイに当たったのか。
この店のフルーツは【無農薬と産地直送】を謳ってるだけあって甘さ控えめなのかもしれない。
でも健康には良いだろう。
「パ、パスワードを三回間違えて――今日はログインできません。とおっしゃられたくらいに落ち込みます」
寄白さん流のヘコみ表現? ……ログイン? ああいうのってだいたい三回間違えればロックかかるよ、な? あっ? あっ、そ、そっか。
やっぱ俺、今朝、Webのログインを無意識で成功させていたのかもしれない。
最低でも三回間違ったらそういうメッセージが出るんだから、俺がいくらWebに集中してたとはいえそんな警告が出たらふうつ気づくよな? そんなことを考えていると俺の目の前にあった俺の水のグラスに異物が混入されていた。
水の中でイチゴとキウイとパインが竜巻のように回転している。
この水流から推測するとここ最近、いやここ数秒のうちに放り込まれたものだとわかった。
寄白さんとエネミーさっき食べて酸っぱかったフルーツとあらかじめ酸っぱそうなフルーツを俺の水で一括処分しようとしていた。
きみたちはいったい俺をなんだと思ってるんだ。
寄白さんってけっこう俺の物に塩とかフルーツとか異物を放り込んでくるな。
「抜本的措置でしてよ」
俺はまだなにもいってないのに……。
寄白さんには悪びれた様子もない。
「そうアルよ」
エネミーも寄白さんに乗っかってきた。
俺がグラスを手にした瞬間から言い訳という寄白さんとエネミーの先回りだ。
けどふたりは「抜本」の意味をはき違えてる、たぶん。
まあ、いっか、俺は寄白さんの下僕になったはずだし。
これくらいのことは笑って許せる。
俺はどれだけ酸味があるのか水を飲みつつ、電撃移籍してきたフルーツたちを口に入れてみた。
けどそこまで酸っぱくない。
お子様味覚だと体と舌がブルるらしいけど。
「美子。このキャラメルクッキーをクリームとプリンでディップすると美味しいアルよ」
「ホントでして? それはおあとがよろしいですね」
よろしくないよ。
なんの「おあと」だ? 後引くお味ってことか? それは良い意味なのか悪い意味なのかぜんぜんわからん。
てかきみたちの判断で勝手に締めないでくれるかな?
※
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまだったアル」
エネミーは相変わらず語呂がおかしいけど、ふたりは食後のあいさつも忘れなかった。
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