「ええ。私でもその中のいくつかは耳にしたことはあります」
「そうですか。そして今この世界の地軸にはロンギヌスの槍が埋まっています。ロンギヌスを刺したのはじつはパンゲアの中心だという話もあります」
「ロンギヌスの神話も知ってます。この世界ができたときに創世のイブが刺したんですよね? あれにはどんな意味が」
「世界の安定のためとも終焉の引き金ともいわれています。ふたたび七つラッパが吹かれるかもしれません。個人的にはそっちの可能性が高いと思っていますけれど」
(七つのラッパ……カタストロフィー……黙示録、天地創造、旧約聖書……蛇……。点が繋がってきた気がする)
「たとえば首にナイフを刺しても逆に止血される場合もあります。でも、それを引き抜くと大出血を起こします。それと同じでロンギヌスを抜いた場合どっちに転ぶかは誰にもわかりません」
戸村は手のひらを広げて先を窄めてから自分の首筋に刺すようなジェスチャーをした。
「じゃあさっきのナイフは」
「いいえ、偶然です」
「そ、そうですか。てっきりそれを表現するためのものだと。それで、ですけど。私が知ってるジーランディアは各国の当局の共通のコードネームであること。その当局が示すジーランディアとはオーストラリア大陸の東のどこかにあって幻の大陸の一部はまだ沈まずに残っているとか……。あとはアンゴルモアが具現化した場所の近くとしても有名ってことくらいですね」
「おおまかな概要はあっています。フランス領ではありますがオーストラリアの東に位置するニューカレドニアはジーランディアの一部だったと考えられています。ただしそれはあくまで本物のジーランディア大陸ですけど」
「本物のジーランディア? じゃあ偽物のジーランディアもあるんですか? 各国の当局が口にするジーランディアとは偽物なんですか?」
「各国の当局がいうジーランディアは人工の島です」
「人工って? 人が創った島?」
「はい。各国当局がとある島を示すときに使う共通コードが【ジーランディア】。ジーランディアの由来はそのまま幻の大陸だからというだけです。ですので共通コードが【ムー】でも【アトランティス】でも【レムリア】でも良かったんです」
「そ、そこにはなにが?」
戸村は人差し指を出して繰を制止した。
繰は話の腰を折らないようにとそれを受け入れる。
「……十八世紀の後半、人類は急速な発展を遂げました」
「十八世紀の後半っていえば産業革命ですね」
「そうです。日本では明治維新があったころです。これを機に世界は近代へと傾斜していきます」
(良かった。今度は流れに沿った話ができた)
「私たちは今まさにその恩恵を受けています、いいえ、受けつづけています」
戸村はテーブルの上の食器やフォークとナイフを指さした。
そのあとに天井の照明を見上げる。
「他にもいろいろと」
さらに部屋にあるあらゆる物を指さした。
それだけ人工物が人の生活に根付いているということだ。
「そうですね。ですがさまざまなものが発展すればそれと同じくらい妨げるものも現れます」
戸村は目の前のグラスを叩く。
「それって人生の真理みたいなものですよね?」
「私もそう思います」
戸村は入店時にスイーツの話で盛り上がったようにしだいに繰と意気投合しはじめた。
「各国の首脳陣や国連の幹部たちは反旗を翻すモノの扱いに手を焼いてきました」
「それはそうでしょうね? 近代になるつれ民意というものを反映しなければならないですから」
(株式会社の”代表取締役”と”株主”という関係性にすこし似てるかな)
「そうです。そのもっともたるものが近代法です。このルールは諍いや犯罪の抑止に大変役立ちました」
「武器を使わずにそれができるのも近代ならではですよね?」
「はい。ですが各国のトップはそれを逆手にとって合法的にどんな国の法も及ばない場所を故意に創り出したんです」
「それがジーランディアですか?」
「はい。各国の法を持ち合わせて合法的に治外法権の人工の島を創ったんです」
(合法的な非合法地帯を造ったってことか? それが人工の島。通称ジーランディア)
「でもモンテスキューの提唱した三権分立がそれを……」
繰がいったとたんに戸村は押し黙った。
戸村はまるで言葉なしでその答えに辿りついてほしいという目で繰をじっと見ている。
「ま、まさか!? 司法も立法も行政もそこに加担している?」
繰は今までの会話の流れを読んだ。
「そのとおりです。三権がいくらが独立していようが国家いや国家上層部の集合体である国連には逆らえないんです。とはいってもその国連は世界の人が知る国連とはまったく別の組織ですけど」
(うわ~ヤヌのいってた国の上層部のゴタゴタって本当なんだ。どころかもっとひどい)
「そんな」
「本当です。その国連について私が知りえるのは『円卓の108人』という呼び名くらいです」
「『円卓の108人』ですか? 円卓とはそれはつまり」
「はい。アーサー王に仕える円卓の騎士が由来です」
繰は自分の手のひらをじっと見つめた。
この店に入店する間際まさに戸村に声をかけられる直前に触れていた物の感触を思い出す。
(アーサー王か……私がついさっまでき触れていたのはソロモン王の柱。それに今、話題にあがった産業革命。なんだかいっきに歴史が私の中に流れてきた気がする……。堂流もよくいってたっけ歴史の功罪、歴史の光と影。九久津くんに早くから歴史の罪を教えていた。座敷童がどうして誕生したのかも……)
「じゃあその108人は上下関係のない同等の108人ってことですよね?」
「はい。そうです。裏の国連について他には深く知りません。あと私が知っていることは人工のジーランディアは各国当局の共通コード、なのですがその内情を知る人物はジーランディアを隠語で呼ぶことが多いそうです」
「隠語?」
「はい。【世界のごみ箱】と呼びます」
「【世界のごみ箱】そのネーミングだけでもあまり良い印象はないですね」
「そうだと思います。ですがその隠語はまさにうってつけの名前だと思いますよ? ジーランディアは各国それぞれがそれぞれに不都合なモノを棄てる場所だからです」
「じゃあ各国は国に不都合な物を合法的にジーランディアに棄ててきた」
「そうです。そこには”邪魔な人間”も含まれます」
「えっ、ちょ、ちょっと待ってください。ひ、人まで!?」
「国家に反旗を翻す者から既得権益を犯そうとする者さまざまです、が、どのみち『円卓の108人』の意にそぐわない者たち」
繰は言葉を失った。