「現に今でも米国イエローストーン国立公園には殺人罪に問われない【ゾーン・オブ・デス】といわれるエリアが存在します。つまり法の抜け道ですね。法が適用されなければ誰も動かないですから」
「さっきのナイフはそれをいいたかったんですか? 私がその【ゾーン・オブ・デス】で刺されても誰も動かない。警察もこないってことですよね?」
「そうです。イエローストーン国立公園でそれがおこっても救護はされると思います。けれど罪を裁く機関は動きません。いえ、動くには動きますが州法の違いで矛盾が生じてしまうんです。法なんてのは所詮は人が決めたルール。古くから使われてるから信頼度が高いくらいに曖昧な、ね」
「そっか。でもジーランディアなら世界各国のジャーナリストたちが騒いだり誰かに偶然に発見されることもあるんじゃないんですか? ときにジャーナリズムが国家に勝利することもありますよね?」
「発見されなければいいんです。偶然にさえ逆らったあの場所はその存在を許されていませんから。まず、彼等は人工のジーランディア島を創ったあとに周囲の海流から変えていきました」
「そんなことがで、き」
(いや、科学の力と様々な能力者がいればできるか)
「海流を変えたのはどんな潮流に乗っても漂流物を島に近づけさせないためです。すべての海流を島の外側に流れるようにしたんです。これによって偶然に流れ着く物は皆無です。つぎに上空からの発見に備えて島全体を風景に溶け込ませるカモフラージュを施しました。同時に衛星にも映らないようにしています。当然、地図にもジーランディアは存在しません。このカモフラージュ技術に心当たりはありませんか?」
(えっ、カモフラージュって周囲の景色を溶け込ませる技術よね? えっ、あっ、あっ、あれっ? 私、知ってる)
「あっ、あります。心当たりあります。九久津くんの家です。あの技術はたしか外気温との温度差もなくせるんですよね?」
「はい。六角市の忌具保管庫はその技術を用いています。というよりジーランディアを隠すための技術を転用したといったほうが正しいですね。優れた技術はみんなで使う。人類発展のキーポイントです。そこは開放能力にも通じるものがあります」
「それは間違ってないと思います。人のためになる技術ならばみんなでシェアする」
「繰さんも人がいいですね」
戸村はグラスの水を口に含んだ。
つられて繰も喉を潤すように水を流し込んだ。
「そのためジーランディに入島できるのは各国当局の許可を受けた能力者だけなんです」
「なるほど。中にはなにが?」
「そこは私でもわかりません」
このとき繰は戸村のおおよその立位置を把握したジーランディアの成り立ちは把握しているけれど中になにがあるかまではわからない。
つまり入島したことはないのだと。
そうなると当局の情報をそれなりに得る立場でいながらも入島を許されるような役職にはいない。
それが繰の見立てた戸村のポジションだった。
「つまりですね。ジーランディアこそがこの世界の負力の元凶なんです」
「……多くの負力の発生源がそこだと」
「はい。そして、これは六角市に関係あることなのですが」
「は、はい」
繰は上半身を前のめりにさせた。
(そっか戸村さんはこれを私に伝えたかったのか……六角市。私たちが生まれた町)
「ジーランディアの莫大な負力は不可侵領域に流れています」
「う、うそ」
「本当です。残念ですがそれは揺るぎない事実です」
「それは誰かが意図的に流してるとかですか? さっきの円卓の108人のうちの誰か?」
「いいえ」
戸村は首を横に振った。
戸村のその反射的な行動は繰の言葉に本当に反射したからに他ならない。
「ジーランディアの負力は世界中に流れていますけれど六角市はその地形ゆえに負力や瘴気を大量に留めてしまうんです」
(そっか、不可侵領域の言い伝えってそれを伝承してたんだ。守護山の守備力が裏目に出てしまっている。……ってことは産業革命の時代にジーランディアが造られてそれと同時期に六角市の不可侵領域も作られはじめたってことか。つまり不可侵領域はここ二百年で作られた天然の負力の溜まり場)
「だから私たちは不可侵領域のことを曖昧に聞かされてたんですね」
「だと思います。というよりその事実は知る人物があまりいないからなのかもしれません。現在も国交省は六角市の地下から不可侵領域に繋がる場所を探っているようです」
「あっ!? そっか、地下からも瘴気を徐々に浄化できたら必然的にアヤカシ、忌具、魔障発生の供給源を減らすことができる」
「そうです。人類がいるかぎり根絶は無理ですが不可侵領域をなくせばアヤカシ、忌具、魔障の絶対数は激減すると思います」
(また繋がってきた)
繰は心の中で戸村の話を整理しはじめる。
(不可侵領域に流れるジーランディアの負力は今、守護山や町の結界によって浄化されている。ってことは間接的に私たちもジーランディアの影響を受けてるってことか。いや、世界中の人がなんらかの影響を受けている。アンゴルモアの大王もその莫大な負力によってジーランディアの近くで具現化したと考えれば辻褄が合う)
繰はまたグラス水で唇を湿らせて水を口に含んだ。
(六角市に絞って考えればシシャ。六角第一高校の四階のアヤカシ。それにときどき町に出るアヤカシたち。動き回ってるという忌具、戸村さんの職場である魔障。それらの源泉がジーランディア。世界の輪郭が見えてきた……)
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