第196話 先手


 繰と戸村は店の軒先の白と黒のモノトーンのタイルブロック前で向き合った。

 車道をゆきかう車の音と繁華街のザワメキとが重なっている。

 どこかの信号が機械的な音声で車線の車を止めた。

 郭公カッコウが鳴くような音とともに人々は交差点を渡りはじめる。

 小さな画面を見ながら歩く人の肩と肩がぶつかり謝っている人もいた。

 繰と戸村は意識したわけでもなくそんな様子をながめている。

 どこにでもある光景で誰かのスマホ歩きに驚くことはない。

 戸村はふと視線を足元に落とした。

 

 「私、花が好きなんです」

 歩道の境界ブロックのあいだから顔を出している一輪の花を指さした。

 繰もその場所を見るとそこには何本かの青紫のヤグルマギクが咲いていた。

 「この花って最近町のあちこちで見かけますね?」

 繰は見たままのことを口にした。

 ただ戸村にいわれて今、気づいたけれど初秋のトンボのようになんとなく目にするようになったと思っている。

 

 (九久津くんの家の周囲にも咲いてたな~)

 

 「こんな繁華街にも自生してるようですね?」

 戸村は表情ひとつ変えなかった。

 「生態系が変わったとかじゃないですか?」

 繰の脳裏に浮かんだのは当たり障りのない一般常識だった。

 「……」

 繰の問いに戸村はなにも答えない。

(どうしたんだろう? この花が好きだっていったのに)

「繰さん。今日はお時間をいただきありがとうございました」

戸村は急に繰に礼をすると陰った顔がうそみたいな笑顔になった。

(えっ、聞こえてなかった、だ、け? けど、戸村さんにこんなふうに接してもらえたら患者さんも嬉しいだろうな)

「いいえ。こちらこそ貴重な情報をありがとうございました」

「私、経済はよくわからないですけど蛇をあぶり出すなら株式会社ヨリシロかいしゃの株をおとりにしてみてはどうでしょうか? 株は大きな金額が動くといいますし」

 

「やっぱり!! そ、そうですよね? 背中を押してもらってありがとうございます。金銭関係のほうから動いてみます」

 (蛇が暗躍する目的はなにか? 私とヤヌとの会話でひとまず出した答えは金銭目的)

 「はい。応援してます。それとパンケーキごちそうさまでした。ほんとにいいんですか? 私が声をかけたんだから私がお支払いを」

 「いえいえい。情報提供料ってことで」

 繰が目で合図すると戸村は笑顔で会釈した。

 「じゃあ、甘えさせていただきます」

 

 ふたりは真逆へと歩いていく。

 繰は沙田たちが待っている目的のパフェの店へと足を進める。

 (ちょっと遅くなっちゃったかな)

 

 戸村は歩きながら空の奥に散乱しているふつうの・・・・人間には・・・・見えない光を見たあと、そのままにぎわう街の雑踏に消えた。

 「さあ、早くいかなきゃ。美子ならきっともうパフェ食べてるわよね~」

 (早めに蛇の正体を突き止めないと。なんせ今日私がみんなのところに顔を出すいちばんの目的がそれなんだし)

 繰は店が並んだ繁華街を歩きながら頭を働かせている。

 (六角市にいて、最近、急に贅沢になった人物を探してみようかな。そっちからスクリーニングするほうが対象者もすくないし試すだけならいくらでもできる……。う~ん、でも、六角市では広すぎるか。真野絵音未と人体模型をブラックアウトさせたってことはまずは六角第一高校うちに範囲を絞ってみよう)

 繰はひとり名案とばかりに手を叩く。

(そ、そうだ!! 蛇が金銭目的で動いてる仮定ならこっちからもアクションを起こせる。……ストックオプション。六角市の教育関係者たちは株式会社ヨリシロの株を付与ふよされることになってる。そ、それだ!!)

 六角市の市民は特例として各世帯主に株式会社ヨリシロの株主優待券が付与される。

 なかでも教育関係者は福利厚生の一環でさらに手厚く保護されている。

 つまりは六角市の市民であるなら株式会社ヨリシロの系列店で使用できる商品券や有価証券のひとつである株券をもらうことができた。

 (となると極道入稿ごくどうにゅうこうってことになるわね)

 そこに繰の側に空気のように忍び寄ってきてさっと通過していくような考えが生まれた。

 (でも、蛇は十年前から暗躍してるんだ。なら、あるていど年齢制限をかけることもできるこれはさらに絞り込みに役立つわ)

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