第199話 リッパロロジスト ――犯罪――


難しい話はまだ終わってないけどエネミーが飲み物を要求しはじめたから

部屋の一ヶ所にまとまっていた俺らはいったんバラけた。

 それぞれ飲み物を選んでまた適当な席に座わり直す。

 

 昨日バス停で突然――パフェ。といい出したときもこんな感じだった。

 まあ、そんな突発的なとこもエネミーらしいんだけど。

 休憩のタイミングにもちょうどいい。

 こういうところがムードメーカーなんだよな? 張り詰めた緊張を上手くほぐす、それを計算じゃなく自然にやってのける。 

 校長はすでに部屋の壁に備え付けらた電話で全員ぶんの飲み物を注文してくれていた。

 集中力も落ちてきて、みんなもいつもの雰囲気に戻っていた。

 寄白さんとエネミーは座席と座席のあいだに手を突っ込んで遊んでるし。

 こんな子どもいるな~子どもってなんでも遊ぶ物に変えることができるんだよな。

 エネミーが椅子のあいだに手を入れてその上から寄白さんが座席ごと押さえつけて手を抜くことができるかできないかの遊びをしている。

 この状況って……。

 俺が手を突っ込んだ忌具保管庫のカラクリの壺を思い出す。

 さっきの校長の話にあった忌具保管庫のカモフラージュ技術もジーランディアが発祥だったとはそりゃあ九久津も驚くよな。

 きゃっきゃしているエネミーと寄白さんを横目に、いつの間にか俺もこの状況が楽しくなっていた。

 課外授業のような雰囲気に飲まれてなんだかワクワクが止まらない。

 あっ、そうだ、この隙にさっそくスマホでリッパロロジストを調べてみようーと。

 ヤ、ヤベっ、エネミーが俺の手元を見てる。

 もう、寄白さんとの遊びは終わったのかよ? ご、ごまかさないと。

 「ス、スマホのマイクロSDカードの容量が、す、すくなくなってきたな~」

 「なにしてるアルか?」

 また、あの下目づかいだ。

 エネミーにバカにされるわけにはいかない。

 「えっと、いや、マイクロSDの整理でもっと思って。が、が、画像が多くてさ」

 「エロ画像アルか? 外の貼り紙みたアルか? 変態は警察に捕まるアルよ?」

 「バ、バ、バカ。お、俺がそ、そんな、が画像を保存してるわけないだろ。でも、ちょっとくらいなら警察には捕まらないと思うんだよ俺は。試供品ていどならさ? おっ、あっ、おお、よ、490バイト増えた。ラッキー」 

 「バイト増えたアルか? ここの店長さん喜ぶアルな」

 「そういうバイトじゃねーし!? 490人も増えたら喜ぶどころか潰れるわ!!」

 ちょっとキョドりすぎたかもしれないけど話が逸れていったセーフ!!

 どうでもいいテキストファイルを消した甲斐かいがあるぜ。

 まあ、どうでもいいからいいんだけど、ちょっとしたどっかのURLだし、な。

 いや、あれってなんかのときのメモ帳か? ヤバっ、て、なに書いてたかぜんぜん覚えてねー。

 お気に入りのURLだったら、しくじったかも、でも、まあいいや。

 寄白さんはエネミーの横でちょこんと腰かけていて頬っぺたをふくらませ足をぶらぶらさせていた。

 壁に貼られている当店限定メニューというのをじっと見ながら、――あれ食べたくてよ。という声が聞こえてきた。

 エネミーにはそれが聞こえなかったのか寄白さんを呼ぶようにポンと肩を叩く。

 「美子。ふだんどんな曲聴くアルか?」

 「私はチョピンさんなどを聴くことあります」

 ――聴くことあります。ってほとんど聴かないってことだよな?

 「うちもチョピンたまに聴くアルよ~? シリアスシーンに流れる夜想曲ノクターン第20番は最高アルな~」

 チョンピン? 誰だ? シリアスシーンってことはアニメだよ? OPオープニング曲でもEDエンディング曲でもそんなアーティストは聞いたことがない。

 

 【A子 feat. B-男 feat. C助 with DJ-D  inspire E美 feat. F太】しか思い浮かんでこねー。

 やつらインパクトありすぎる。 

 曲名が夜想曲ノクターンってことはクラシックっぽいな? まさかの大穴でワンシーズン? 案外、アルバムの収録曲とかならありえるかも……。

 あとは俺の知らないアニメ……となるとOVA説再燃だな。

 「あ~きっとChopinショパンのことだな」

 さすがは九久津、寄白さんたちの発音を聞きとってさらに曲名で気づいた。

 チョンピンはショパンか~。

 このふたりのことだアルファベットをそのまま読んだパターンだろうな。

 またまたシンクロしたふたりのポンコツ。

 そりゃあ心太ところてん心太しんたになるわ。

 って思った俺の答えは心太こころぶと……俺もポンコツそっちだったと自覚する。

 あっ、そうだ!!

 リッパロロジストをポンコツじゃないやつに訊けばいいんだ。

 ここでこそっり九久津に疑問を訊いてみよう。

 俺が九久津に寄せる信頼感はハンパないぜ。

 

 よし、エネミーはまだ寄白さんと話しこんでる。

 今だ、この隙に。

 

 「九久津。リッパロロジストってなに?」

 俺は小声で訊いてみた。

 「……ん? 切り裂きジャック研究科だけど」

 「ああ~だからか」

 納得しすぎて返す言葉もない切り裂きジャック。

 またの名をジャック・ザ・リッパーか。

 「あっ、雛ちゃんのことか?」

 九久津、気づくの早えーよ!?

 なのに社さんの気持ちは……察し。

 「そうだけど。九久津も知ってたのか?」

 「前に雛ちゃん【シリアルキラーのデスマスク】を追ってたことがあったから」

 えっ、シリアルキラーのデスマスクって、あっ、そっか、だから切り裂きジャック。

 昨日のバス中での本……あれも趣味で読んでたわけじゃなかったんだ。

 そういや「ノンフィクション」って書いてあったな。

 じゃあ今日の本屋もそれ関連の本を探してたのか。

 やっぱり能力者って休めないんだな、いや休まないのか。

 ただ、忌具が動いてるならそれは放ってはおけないけど、飛び降りのときにも黒い絵画があったっていうし。

 ……もしかしたら、その絵の影響で頬に黒子のある黒杉工業の人が飛び降りたのかもしれない。

 どのみち良い絵ではないだろうな。

 なんたって忌具なんだから。

 「へ~そうなんだ。その単語の意味がわからなくて困ってたんだよ。サンキュー!!」

 「おう」

 別に訊いてヤバい単語じゃなかった。

 こんなことを召喚憑依能力者にいうのもなんだけど。

 九久津は入院してから憑きものが落ちたように穏やかになっていた。

 憑きものが落ちる……これも魔障にありそうだな。

 バシリスクが出現した直前はどことなく殺気立っていた、それが今は静かな夜みたいだ。

 ――わるい。今日の夕方数式の答え合わせがあるんだ。あのときの九久津の言葉って今、思えば怒りを押し殺してたんだな。

 「てか九久津。おまえが休んでるあいだにイタリアサッカー界にスカウトされたとか、ノーベル賞の候補になったとか、芸能界デビューするとか短期留学とかいろいろ噂が流れてたけど」

 「当局関係者が勝手に流したんじゃないか? って、まあ人の噂も七十五日っていうし」

 ――ああそうだな。を俺がちょうどいい終えたころ。

 「七十五日ってのはおおよその季節の区切りだから」

 えっ、えっと? 季節? 一年が三百六十五日だろ、まあうるうのときは三百六十六日。

 それを季節つまり春夏秋冬の四で割れば、ど、どうなる……? すぐには計算できないな暗算じゃムズい。

 そうだスマホの計算機使おう。

 俺は画面にタップしてスマホの計算機能を利用して数字を打っていく。

 そして計算して出た答えはおよそ九十一日だった。

 九久津めずらしく計算間違いか?

 「九久津それじゃ日数が合わないけど?」

 「そのむかし日本の四季きせつ四季しきじゃなくて五季ごきっていう五つの季節だったんだよ」

 「マジで?」

 「ああ、春夏秋冬のほかに土用どようっていう季節があったんだ」

 九久津はなんでも良く知ってる。

 四季が五つあったなんて話もなんとなく風情ふぜい風流ふうりゅうを大切にする日本らしい。

 

 「土用っていえばウナギか?」

 「そう。まさに土用の丑の日の”土用”はその意味で立春、立夏、立秋、立冬の直前約十八日間のことをいう」

 「へ~知らなかった」

 そういえば俺が転入して数週間後にきいた”夜に爪を切ってはいけないの理由”も目から鱗だったな。

 「ただ現代さいきんじゃ噂なんて一週間くらいで忘れ去られるけどな。季節のわびさびなんてあったものじゃない」

 あっ、俺も駅前でソロモン王の柱を見ながらそう思ったな、世界そのもの流れが速すぎるって。

 忘れられるスピードが速すぎるんだよな。

 いや、忘れるだけじゃない物事が過ぎ去るスピードそのものだ。

 なにかのスポーツで金メダルを取った人は誰だっけ? 今年になってすぐに流行語候補っていわれた言葉はなんだっけ?

 一ヶ月前にあった事件や事故をもう忘れている。

 大きな出来事があったのは覚えてる。

 でも、それを掻き消すくらいにまた事件、事故、事件、事故つぎからつぎに上書きされていく。

 誰かにいわれれば思い出せるけど……。

 そういった悲惨な出来事の絶対数が増えた気がする。

 俺は思ったそのままを九久津に伝えてみた。

 

 「今は小さな市町村で起こった事件でさえもネットによって瞬時に国民のテーブルに上がるからじゃないか? まあ、これは日本だけじゃなく万国共通だろう、じっさい問題、統計でいえば犯罪自体は減少傾向にあるし」

 九久津にそう返された、やっぱり九久津は冷静沈着だった。

 目の前の景色には騙されない。

 むかしだって世界中で事件事故は起こっていた。

 本来はその地域で収まっていたものまで現代いまは簡単に世界中に知れ渡ってしまうから、いつもいつもなにか事件が事故が起こっているように錯覚してたのか。

 それによって傷口をえぐられた人、世論に助けらた人がいる。

 どっちが正しくて間違ってるかなんて誰にも決められない。

 世論は人によっては天使であり悪魔であり薬であり毒でもある。

 善意に訴える言葉をスマホで電脳の海に投げる。

 それで明日の事件がまたひとつ増える……そういうことだ。

 たとえば現代いま、ジャック・ザ・リッパーが現れたら何日世間を騒がせのか? 一ヶ月、二ヶ月、三ヶ月……ワンクールももたない気がする。

 三ヶ月もあればまたそこに新しい事件、事故、災害が起こる。

 季節だってワンシーズン・・・・・・はずれるだろう春なら夏に、夏なら秋に季節は移ろっていく。

 あの魔障の娘ふくめてワンシーズンは四季=ポジションきせつを巡って争っている。

 本当はあの娘たちを監督する人が土用ゆとりを与えなきゃいけないのに。

 この世界はこのままで大丈夫なのか? 俺はスイーツパーラーのガラス窓から見た暗雲を思い出した。