第201話 聖槍 ロンギヌス


笑っているあいだにもまた書き込みがあった。
 今度は寄白さんの名前の右上に赤い鐘が浮いている。

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 【寄白美子】:わたくしはクルクルストローがよろしくて。できれば飲み口にハートとお星様をつけていただけるとありがたくてよ。

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 ク、クルクルストローってあれはブルーハワイとトロピカルフルーツを飲むためにしか使えないはず? いや、そのために開発された代物だ。
 他の飲み物でクルクルさせてみろ空気読めないやつの|烙印《らくいん》を押されてしまう。
 寄白さんが頼んだのはアイスコーヒー。
 ということは反抗期? ポニーテールじゃないのに反抗期? ツインテール反抗期? この状況でストローのハートと星のオプションにこだわるとは。
 電子共有ノートがもうすでにオモチャになっている。 
 それを見かねた社さんはエネミーの大喜利のような書き込みで笑っていた顔を涼やかに戻した。

 ――エネミーウーロン茶は飲んでいいわよ。でも、つぎからはこの電子共有ノートのスペースを無駄にしないで。

 ――美子もふつうについてきたストローを使って。

 ――ふたりともいい?

 校長に助け舟を出すように注意した。
 その迫力にふたりはコクコクとうなずいている。
 手慣れたもんだ、社さんはふたりの母親かって感じでこの場を収めた。
 
 でもなんかこの関係性っていいな~。
 こんな状況で意図せずにふざけるのも寄白さん(ツインテール)とエネミーだけ。
 そしてそれをカバーできるのも社さんだ。
 なんか棲み分けができている。
 そうこうしてるとまた画面に書き込みがあった。
 校長の右上に赤い鐘のマークが出ている。

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【寄白繰】:

 ・1、蛇は真野絵音未を|唆《そそのか》したかもしれない。
 ・2、蛇は人体模型をブラックアウトさせたかもしれない。
 ・3、蛇はバシリスクを操っていたかもしれない。
 ・4、蛇は日本の六角市にいるかもしれない。
 ・5、蛇は金銭目的で暗躍しているかもしれない。

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 今度はけっこう重要な情報が、って校長が本来の目的で使用しただけだけど。
 これが校長の知っている大まかな情報を文字にしたものか。
 九久津と校長が三番めの項目について口頭で話をはじめた。
 なんでもかんでもここに文字を打てばいいってもんじゃないんだな。

 「俺の主治医もバシリスクが日本に引き寄せらた可能性があるっていってました。心当たりはないかとも訊かれました」

 「えっ、ほんとに? ヤヌもそうかもっていってたわ」

 「ヤヌダークがですか? それにすこし話が戻るんですけどバシリスクは不可侵領域を経由してきたとも……」

 「えっ? それは初耳。そう……バシリスクが不可侵領域をね」

 「それも診察のときに主治医いってました」

 「だとするとその話は院内止まりの情報かもしれないし当局止まりかもしれない」

 「そうですね。だとしたらやっぱり蛇がバシリスクを?」

 「その可能性が高いかもってヤヌと話しただけで完全な証拠があるわけじゃないの。だから情報収集のためにもと思ってこの電子共有ノートを作ったわけだし」

 「そうですよね」

 その話は否応なしに俺らの耳にも入ってきた。
 というか校長と九久津は情報を共有させる意味でみんなに話を聞かせてるんだろう。
 また新たな事実が判明していく。
 ただ、そうするにつれすべてがひとつに繋がっていくような気がした。
 なんとなく蛇を|中心《・・・》に世界を巻き込んでいるような……そう、蛇の|蜷局《とぐろ》の中に埋もれていくような。

 結局、ジーランディアの負力が六角市の不可侵領域に流れてくるんだからアヤカシにとっては居心地の良い場所だよな。
 バシリスクが最初に不可侵領域を通ってきたのも必然な気がした。
 近衛さんも、鵺の出現には不可侵領域がどうのこのうのっていってたな……。
 今、国交省が不可侵領域を探ってるのもそれをなんとかしようとしてるからだし。

 学校の七不思議を使った四階の|囮《おとり》ように不可侵領域を使って上級アヤカシを一ヶ所に集めることができればそれはそれで効率よく退治することができる。 
 さらに市民が市内で戦闘に巻き込まれる確率も減る。

 夜間照明に群がる虫のようにアヤカシを集めて退治する……。
 でも、照明に虫のすべてが集まるのかといえばそうでもない。
 取りこぼしてしまう固体はかならずいる。
 やっぱりなにごとも一筋縄じゃいかないか? そもそもジーランディアがなければバシリスクはその経路を辿らなかったかもしれない。

 それでもすべては起こってしまったことだ。
 原因があって結果がある。
 なんか俺はその仕組みを知っていたような、なんか……ずっと前に。
 ずっと前っていつだ? ラプラス……が、いや、なんか、いや、わかんねー。
 ……の、前にジーランディア……た、い、りく、大陸。
 世界の|創世《はじまり》……そう|創世《はじまり》はひとつの大陸だった。

 あっ、そういえば俺、昨日の夜にネットサーフィンして神話系サイトを見たんだった。
 その影響か? 影響されすぎたな。
 パンゲア大陸に刺さったロンギヌスの槍の神話。
 創世のイブだっけあの|娘《・》?

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 【寄白繰】:

 ・1、蛇は真野絵音未を|唆《そそのか》したかもしれない。
 ・2、蛇は人体模型をブラックアウトさせたかもしれない。
 ・3、蛇はバシリスクを操っていたかもしれない。
 (バシリスクは不可領域を通ってきた)
 ・4、蛇は日本の六角市にいるかもしれない。
 ・5、蛇は金銭目的で暗躍しているかもしれない。

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 校長が打った電子共有ノートの「3」に(バシリスクは不可領域を通ってきた)が追加で記入された。
 俺たちもその話をきいていたけどやっぱりこうやって電子共有ノートに残すとわかりやすい。

 それぞれなにか気づいたことがあれば文字で追加してみんなで共有できるのはすげー便利だ。
 あと、このスレッドは不確定ながらもある一定期間ごとに日本当局にも提出するということだ。
 なにも隠すことはないから当局に情報が流れてもいいってことだけど俺たち側(?)と国との関係性が微妙なのはすこし問題かもしれない。
 
 「校長、これすぐに当局に送信するんじゃなくて、一度教育員会を通したらどうですか?」

 さて、俺の提案は通るか? 

 「そうね。升教育委員長に目を通してもらうのは心強い。沙田くん、それ採用!!」

 おっ、役に立った。
 即採用!!

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 【寄白繰】:蛇について目ぼしい情報があったら遠慮なくここに書き込んでね。
 私の個人的な考えで総合的判断だと蛇は「~かもしれない」じゃなく六角市にいると思うの。
 
 それと情報提供の募集としてみんなの身近な人物で急にお金の使い道が荒くなった人がいたら教えて。

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 校長の新たな書き込みだ。
 俺はみんなそれぞれと目が合ったけど、みんながみんな首を傾げた。
 身近に金遣いが荒くなった人なんて誰も知らないという反応だ。
 俺たちはしばらくこのことについて議論もしてみたけど誰にも心当たりはなかった。
 ただエネミーだけは――蛇、怖いアル。とソファーの横で縮こまっている。
 なにをそんなに?って

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 ・1、蛇は真野絵音未を|唆《そそのか》したかもしれない。

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 エネミーが恐れているのはきっと「|1《いち》」ばんめの項目だろう。
 たしかに前死者の真野さんを唆したってことならエネミーが狙われる可能性は高い。
 けど、校長が書き込んだ「|5《ご》」ばんめから考えると蛇は金銭目的で行動してるようだからエネミーが巻き込まれる可能性は低いと思う。

 とはいえ蛇が真野さんをブラックアウトさせてなにかの利益を得たのとすればエネミーもまるで無関係とはいえない。
 もしかするとそこに株式会社ヨリシロの株ってのが関係あるのかも? でも正直、高校生の俺には難しい話だ。

 ときどきニュースでも「経済の大注目ニュース」とかってやってるけどそれが良いほうの注目ニュースなのか悪いほうの注目ニュースなのかさっぱりわからない。
 結局最後の最後までテレビを観ていてもわからない。
 政治経済の授業で考えると円安は|円《えん》が安いから悪いように思うけど円の価値としては高いんだよな。

 1ドル100円を機軸として1ドルが99円なら円高で1ドルが101円なら円安。
 つまり円安の方が1ドル100円が101円になるから1円価値が高いことになる。
 ……ん? 九久津がソファー横のエネミーに近づいていった。
 
 「もし蛇が近づいてきても俺がエネミーちゃんを守ってあげるよ」

 「く、く、九久津ぅ。助かるアルよぉ!!」

 く、九久津かっけー!!
 イケメン王子あとでサインもらおう初版でもらおう。
 社さんは今どんなふうに?と思ってたところ。

 「それが雛ちゃんでも、美子ちゃんでも、繰さんでも同じく」

 九久津がいい終わったと同時だった。
 社さんは今まで見たことないくらいの笑顔になっていた。
 でも社さんは前髪でささっと顔を隠して下を向く。
 社さんは下唇を噛んだままでも喜びを隠しきれずにずっと嬉しそうだった。

 たぶん九久津はエネミーのあとに挙げた名前の順序なんて考えてない。
 ただ、この場にいるメンバーの名前をいっただけだ。
 たまたまそのいちばんが社さんだった。
 でも、それは社さんにとってはかなり重要なことで、呼ばれた名前がいちばん最初だったのはなにより嬉しいことなんだろう。
 
 「繰さん。バシリスクも種族的には蛇ですよね? なんか蛇が多いですね?」

 ほら、九久津は今の言葉を自然に発した。
 だからその流れでつぎの会話に移っただけ。
 女子三人を守ることに優先順位なんてないんだ。

 「そうね。でも蛇ってなにか得体の知れない者の比喩で使われることも多いしね」

 「ああ、なるほど薄気味悪いあの感じですね」

 社さんは制服のポケットからリップクリームをとり出して塗っている。
 ……社さん、いつか叶うといいね。
 と、思うけど、絶対口には出せねー。
 
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