さあ、はじめよう起源から、いや厳密には起源でもなんでもない。
回帰でも開祖でも再開でもない。
分岐的回避による再編措置。
刻が過ぎていく、また何百年が流れたのか。
天に空が地に足元が形成された……幅と奥行きと高さホシのすべてが二次元から三次元へと変わっていく。
平面と曲面、平面と立体すべての拮抗が解除されて調和する。
「運命。わたくしもお手伝いいたします」
「宿。いたのか?」
「ええ、時間の中でとある刻にきました」
「また創生のイブとしての役目を果してくれるか?」
「はい。では摂理を決めます。そして必要なものを分けましょう」
俺はぐるりと周囲を見渡した原始大気も生成されたようだ。
靄の中に無数の粒子が散っている。
やがて環境も整うだろう。
「では、決めておいてくれ?」
「はい」
{{ラプラスの魔}}
七つのラッパ……因果よってもたらされる結末は同じか。
罪火ソドム。
咎雷バベル。
辜水ノア。
神罰。
重なる罪……また繰り返すのか? 根本的な解決はオリジナル・シンをどうするかにかかっているのかもしれない。
{{具現化:ラプラス}}
小さな球体がふわっと現れ、その球体の真ん中に横一本の切れめが入った。
その切れめを中心にして上下がぐしゃっと弛むと上瞼と下瞼に分かれた。
真ん中にぎょろりとした眼が現れ単体で宙に浮いている。
眼これがラプラスの発露だ。
「これは運命様」
「ラプラス。頼みがある」
「なんでしょうか?」
「オロチのいうとおり終焉間際の俺にすでに記憶はないだろう。でもそれは記憶を失くしているわけではない。積み重なる誰か記憶と横からつけたされていく誰かの想いだ。だからおまえを引金にする」
「はい」
「合図は用意しておく。そのときに俺の記憶を呼び覚ましてくれ」
「承知いたしました」
「ただ、その合図は一度だけではない。段階的にだ」
「はい」
ラプラスは合意の意味で一度パチリとまばたきをした。
「おまえの――《我々は知らない、知ることはないだろう》。という例の言葉。それが開始の言葉。しばらくすると俺は自分を取り戻す」
「承知いたしました」
ラプラスは大きな瞳でありながら球体すべてを使ってうなずいた。
俺は宿に目を向ける。
「宿。どこまでできた?」
「空間と気象と治癒。これは同じグループです」
「区分けはすべて任せる。……ただこれを放つのは紀元後だ」
「今はまだ紀元前ということでよろしいのですか?」
「ああ。死海写本を書き記したそのときが開始だ」
「のちの世では新約死海写本となりますね? これが人に伝わるのでしょうか?」
「それでも残さなければならない。さあ、一ページ目、樹形図を書き上げそれを創世の始点とする」
「わかりました。今度こそは」
「ああ」
――今度こそ。その言葉を何度聞いたか。
宿はできたばかりの地をすたすたと歩いていった。
宿の足元はたしかに地を踏みしめている。
宿は二又に分かれた鈍色の槍に手を伸ばした。
「これはどうしますか?」
「地上ができたということはロンギヌスの槍が刺さっているという事象、か?」
「はい。そうなります。このままにしておきますか?」
「いや、中心に埋めておこう」
「なにかの意図が?」
「意図があるのかどうかわからない」
「……?」
「因果律の逆算だ」
「では、なにかの役に立つということでしょうか?」
「おそらく」
「仰せのままに」
宿が槍の柄に手をかざすと周辺が金色に輝いた。
キラキラした光の飛沫がこのパンゲアの大地で蝶のようにはばたいている。
世界が希望で埋め尽くされるような予感、だが、すぐに空は真っ黒く染まっていった。
太陽が顔を隠したからか、それは絶望の報せにも思えた。
ホシの周囲を太陽が高速で回っている。
いや、違うな、このホシが太陽の周囲を回っているのだった。
自転と公転……これはまだ不安定なようだ。
宿は周囲の明暗など気にせずロンギヌスの柄の真上から力を込めた。
聖槍が――ズズズと流動体の中に沈んでいく。
ホシが槍を飲み込むと、そこから溢れた赤い雫が宿の足元を染める。