蛇についての議論をひと通り終え、みんな自由に動いたから俺らはバラバラの位置にいた。
エネミーも九久津のフォローでずいぶん落ち着いている。
昨日はなにくわぬ顔で――メガネ蛇アル。とかっていってたのに。
あのときはあんまり事の重大さに気づいていなかったのかも? 病み憑きのアスって娘に対しても――すごい食欲アル。って驚いただけだったし。
やっぱりエネミーは子どもと高校生の感覚が共存してるみたいだ。
九久津は部屋の隅にいる社さんに気づく、この九久津の視野の広さが何度戦闘で役に立ったか。
「雛ちゃん座らないの? ここ空いてるよ」
九久津が自分の席の横をぽんと叩いた。
く、九久津、でも鈍い……心の視野をもっと広げないと……。
い、いや違うな、こと社さんに対してだけ例外適用か。
イケメンは社さんの心知らず、しかも自分の隣って、だが、そんな隙がまた女子にモテるのかもしれない……。
「うん。ありがと。ちょっと美子と話してからでいい?」
「あっ、いいけど」
社さんはエネミーから寄白さんを引き離して、寄白さんの手を引き部屋の角に連れていった。
そのまま声を潜めて話をしている。
あ、青い春すぎる。
だが、エネミーはここぞとばかりに九久津の横に座った。
「九久津。九久津がいないときにうちが蛇と”こんにちは”したらどうすアルか?」
「大丈夫だよ。俺は召喚憑依能力者それに適したアヤカシを召喚してエネミーちゃんを護衛するから」
「ほんとアルか?」
「ああ。任せてよ」
「これで夜眠れるアル。毎日眠れないアル。ちょっと寝不足アルね」
睡眠時間足りないのはアニメの観すぎだからだろ!?
ってその前に生まれてまだ五日目だよな? その時期の赤ちゃんは寝るのが仕事だろ? 寄白さんと社さんのあのふたりの感じ、う~ん、教室のカーテンの後端でこんな光景よく見かけるわ~。
なにを話してるかまったくわからない謎の女子会議。
「美子。昨日クレアヴォイアンスでバスのなか見てたでしょ?」
「なんのことでして?」
「とぼけないでよ。私も沙田くんも美子の視線に気づいたんだから?」
「あれは忌具が出現するついででしてよ」
「やっぱり沙田くん気になるんだ? エネミーにとられちゃうとか心配したりするの?」
「沙田さんはただの変態でしてよ」
俺には聞こえないけどまだ話しをしている。
これは女子高生の大好物の恋愛話ってやつか?
「あっ、そうだ」
九久津はなにかを思い出したようにスクールバッグを開きガサゴソしてなにかをとりだした。
その手にあったのは例のグミだ。
バシリスクを退治してもやっぱりまだ健康に気を使ってるのか……。
あれっ? でも、なんかふつうのグミのような気がしないでもない。
今までのはどっかの特注品ぽかったけど、そのグミはそのへんのコンビニでも売ってそうだ。
「九久津、それ食べたいアル」
エネミーは目ざとく九久津のグミを発見すると手のひらを広げて九久津の前にだした。
だが九久津は待ってましたといわんばかりにパッケージの口を裂き袋を広げた。
ってことは今回のグミは新品か。
「うん。いいよ。あげる。そのために出したんだし」
九久津は袋の中からいくつかのグミをとり出して自分の手のひらに乗せそれをエネミーの前に持っていった。
「どうぞ、どれでもいいよ」
「う~ん。どれがいいアルか」
九久津のやつバスの中ではあんな丹念にグミの種類を選んでたのに、今回はやけに簡単だな。
けどあのグミってあんま味なかったよな? だから今度はエネミーに選ばせてるのか? 子どもは濃い味好きだからな。
エネミーは本気で頭を悩ませている。
さっきまでの不安そうな顔はもうない。
これって九久津のお菓子で不安な気持ちを逸らしちゃおう作戦か?
「この紫はなに味アルか?」
「たぶんブドウじゃないか。ちょっと待って」
九久津はパッケージの裏面を見ながらそこに書かれている文章の二、三行を指でなぞった。
味のラインナップをたしかめてるんだな。
「うん。ブドウ味」
「じゃあ。ブドウをいただくアル」
「どうぞ」
「……」
エネミーは無言で九久津の手のひらをながめていた。
な、なにがあった?
「どしたの?」
「赤いのもちょっくら食べてみたいアル」
「ちょっくら」とはまたすげーワードセンスだ。
一個じゃ足りないってことね。
「あっ、いいよ。これも食べな。これは、えーとイチゴ味って書いてあるけど」
「でも、他人に食べ物もらうなら一個だけとお母さんにいわれてるアルよ。お母さんものすごい怖いアルよ~」
そこは律儀に守るんだな。
さすがは真野家、きちんとした躾がなされている。
「そっか。じゃあ沙田これやるよ」
「えっ、おう、ああ」
……ん? 反射的に赤色のグミを受けとってしまった。
けれどこれを俺に食べろと? 九久津はそのまま俺の目をじっと見ている。
なにかをいいたそうにしてるけど口を開く様子もない。
俺はまだ九久津と視線が合ったままだ、えーと、これはなんなのか考えてみる。
九久津が俺にくれたんだからそのまま俺がこのグミを食べればいいのか? ち、違うなエネミーがどうなるかってことか……? あっ、そっか、なるほどね~。
いつもながら機転を利かすなー。
「エネミー」
俺はエネミーを呼んだ。
「なにアルか?」
「イチゴ味のグミ。俺からのプレゼント」
「いいアルか?」
「ああ、いいよ」
俺はエネミーの手にある紫グミの横にぽんっと赤色グミを置いた。
「俺がエネミーちゃんにブドウ味のグミを一個あげた。そして沙田もエネミーちゃんにグミを一個あげた。エネミーちゃんは俺と沙田から一個ずつグミをもらっただけ」
「おお~!! ほんとアル。お母さんの約束は破ってないアル」
俺はいつから九久津の声なき言葉を読めるようになったんだろう。
すこし時間はかかったけど長年一緒のスポーツでもやってきたように意図が伝わってきた。
「みんな、なに頼む?」
そう部屋中に聞こえる声でいったのは校長だった。
校長は部屋の入口付近で壁にもたれながら備えつけの電話の受話器を手にしていた。
校長、受話器越しに誰かと話してると思ってたんだよな~。
校長は部屋ぜんぶを見渡したあとに――なんでもいいわよ。とメニューをヒラヒラさせた。
さすがは株式会社ヨリシロの社長、太っ腹、い、いや太っ腹なんていったら怒られる。
腹は太くない代わりに、む胸が太いというか……あっ、いや、気前がいいに訂正しよう。
部屋の隅にいた寄白さんもこっちに寄ってきてエネミーと一緒に喜びの声を上げた。
ふたりはエネミーが手にしている三つ折りメニューを広げてこそこそ相談をしている。
――これがいい。あれがいい。というような声も聞こえる。
エネミーの両頬はいまだモグモグしていて、グミはまだまだ健在のようだ。
「あっ、エネミーちゃん。みんなで分けて食べるからひとつだけじゃなくていいわよ」
「わかったアル」
――ひとつ。って校長もさっきの俺らのやりとりを見てたんだ……いや、違うか。
校長が気にかけるなら俺と同じく九久津がまだ健康食品を食べているかどうか、か? けど今日九久津が食べてたグミの判断は難しいな。
バスのときはすくなからず体に良さげなグミだった。
今日のグミはフルーツグミで完全におやつの部類。
習慣は急に変えられないだろうから、ちょっと好転したと思えばいいか。
あるいは尾行けられているっていってたから、そのカモフラージュという可能性もあるな。
バシリスクに関することは、まだそう簡単に訊けない。
でも俺と九久津の距離は確実に縮まってきている、ただ、さすがにこの話題は無理だ。
追々にしよう。
「アヒージョ、アクアパッツァ、 カプレーゼ、シュラスコ、ガイヤーン」
寄白さん、と、突然なんの呪文? って思ったら食べ物の名前かよ。
そ、そんなメニューがあるのか?
「これみんなで食べるアル」
寄白さんとエネミーはなにひとつ遠慮せずに校長に注文を伝えた。
注文の中のひとつは部屋の壁に貼ってある限定メニューの一品だった。
寄白さんの――あれ食べたくてよ。というつぶやきはこれを注文するという決意だったのか。
てかグルメかよ? 今日は食ってばっかだな。
しかも最後のガイヤーンってなんやねん!!
新幹線と戦闘機と戦車が合体したロボみたいな名前だな。
超合体ガイヤーン!!
みたいな。
あるいは大魔王ガイヤーン? ――我が名は魔王ガイヤーンなり。って
「わかったわ」
校長は寄白さんとエネミーのリクエストを正確に注文した。
そんなオシャレ料理(?)ここにあるのか? ここカラオケだぞ? あっ!?
カラオケの横がY-LABと国立六角病院みたいにイタリアンになってるとか?
そのあと校長は俺と九久津それと社さんにもなにか食べたい物はないかと訊いてくれた。
けど俺は特に注文する物はないから首を横に振った。
九久津も社さんも俺につづく。
エネミーは料理を待っているあいだ自分の胸元を強調させて校長に巨乳への憧れを語っていた。
おいおい、エネミー攻めすぎだぞ!?
エ、エネミーが校長に胸タッチしている。
う、うらやま、いや、なんでもない。
昨日も只野先生にちっぱい治したいって無理難題いってたっけ? でも型紙から治すのは今さら無理だよな。
だってエネミーは和紙から産まれたんだから。
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