第207話 劣等能力者(ダンパー)


 四階に着くと背筋をピンと伸ばしたフォームのきれいな人体模型が俺たちの目の前を走っていった。

 そのさい俺らひとりひとりに一礼をするようなやつで学生なら真面目な生徒って感じだ。

 すこし遠くからは――ダンダンダンダン。と低いピアノの音が聞こえてくる。

 あっちは音楽室だからな。

 【誰も居ない音楽室で鳴るピアノ】はまるで呼吸でもするように鍵盤を鳴らしていた。

 

 寄白さんはポニーテールをすこし傾けて人体模型が廊下の角を曲がるまでずっと見つめていた。

 いや、見守っていたが正解かもしれない。

 

 前のやつとは真反対のタイプの人体模型。

 そもそも前の人体模型は奇声あげながら廊下を走ってきたもんな。

 あのときはさすがに俺も驚いたけど憎めないし愛嬌のあるやつだった。

 

 寄白さんにもビビってたし下僕感もいっぱいだった、お、俺の先輩かよ!?

 でも中身があいつ・・・・・・・だった人体模型はもういない。

 【七不思議その一 走る人体模型】は今回のやつも前回のやつも同じなんだけど、その名のとおり廊下を走るためだけに存在している。

 

 なんつーかそういう種族のアヤカシだから。

 でも中身はなにもかも違う。

 寄白さんは俺が転入する前の人体模型になんだか強い思い入れがあるようだった。

 細かいことまでは知らないけどバシリスクが出現した日、蛇によってブラックアウトさせられた人体模型を寄白さんが退治したことは知っている。

 ただ寄白さんは退治、封印、釈放を決める権限を持ってるけど無暗にアヤカシを退治するような女子ではない。

 

 たとえば座敷童のざーちゃんだって種族は違えどひとりの子どもだ。

 寄白さんはなにがあっても攻撃しないだろう。

 でもアヤカシとの戦いはそんな簡単じゃない、それこそ現死者ならどうなのか?ってことにもなる。

 エネミーは人間にしか思えない、いや間違いなく人間だ。

 ただブラックアウトした真野さんはたしかにアヤカシだった。

 もしエネミーがあの日のようになったら俺たちは……俺は頭の中を切り替えたくて俺の横をてくてく歩いてるエネミーを見た。

 エネミーはまるでふつうで廊下を走ていった人体模型にも驚かなかった。

 さすがにエネミーが人体模型についてなにかいうと思ったけど俺たちがこういう境遇・・・・・・なのを知ってるからなにもいわなかった。

 それもそうかエネミーだって真野家の娘であり死者なんだから。

 ……厳密な区別ならエネミーも人体模型もアヤカシで同じ種族ってことだ……差別ってはこんな契機きっかけではじまることを知った。

 歴史の中でもこんなふうに「差」が生まれていったんだろう。

 

 わるいけど身近な者とそうじゃない者でエネミーと人体模型が同じ種族なんて思えない。

 どうしたって身近なほうに情が湧くのは当たり前だ。

 それに外見……どんなに良いことをいおうが外見の違いに左右されてしまう。

 「沙田。おまえの技に名前つけたアルよ」

 「技って。俺の黒い衝撃派のこと?」

 「そうアルよ」

 「俺の技のこと知ってたんだ?」

 「話だけはきいてるアルよ」

 だって、エネミーはこんなにも人間らしい。

 「へ~。んで、なんて名前?」 

 

 「暗黒物質ダークマター

 だ、暗黒物質ダークマターだと? 俺の技が黒い衝撃派だからそう名づけたのか?

 

 「そうアルよ」

 「なんかそれっぽいな」

 「だからそれ使うアルよ?」

 

 「う~ん」

 とくに断る理由もないからそうするか。

 あとで使用料請求されたりしてってエネミーにかぎってそれはないな。

  

 「わかった。じゃあ、俺のあの技は暗黒物質ダークマターってことで」

 「大事に使えアル!!」

 なぜそんなにも上から目線? 名づけ親だからか? まあ、エネミーはときどき上からくることがあったな。

 そこに深い意味はないんだろうけど。

 これってポニーテールの寄白さんと似てるわ~。

 ここは使者・・に似ている……死者なのに。

 「そういえば死者にもなにか技ってあるの?」

 「うちは能力者アルよ」

 

 「マ、マジで?」

 う、うそっ、エネミーが、の、能力者だと!? 

 初耳だ。

 いや、まあ、まだ出会って二日なんだけどさ、それってほぼ初対面か? けど、なんでだか俺はかなりエネミーに馴染んでしまっていた。

 そこはおたがいアニメが好きって部分が大きいかもしれない。

 まあ、死者が能力者ってのも当たり前な気はする。

 けど俺が驚いたのはこのエネミー・・・・・・が?って意味だ。

 よくよく考えればこの四階の暗闇でふつうにしてるってことはエネミーも夜目を使っているってことか? なんせ開放能力オープンアビリティを使えるのは能力者だけ。

 「そうアルよ。見てろアル」

 「えっ、あっ、ああ」

 どうやら、エネミーがここで能力を披露するらしい。

 

 「いくアルよ」

 「おう、おお。いいぞ」

 ここで能力が発動するらしいから俺はエネミーの全身に目を凝らした。

 ……ん、どうなった? なにか変化あったか? な、なにも起こらないぞ。

 「エネミーどうなった? もうなにか起こったのか?」

 「よく見ろアル」

 「はっ?」

 「うちの足元アル」

 えっ!? 

 エ、エネミーの、か、体が浮いてる。

 い、一センチくらいだけど、たしかにエネミーの靴が廊下から離れて浮いていた。

 「そ、それでそれからどうなる」

 「これだけアルよ」

 「えっ? そ、それだけ? そ、それはなんの能力だ」

 「飛翔能力アルよ。でもうちは劣等能力者ダンパーアルからな」

 ダ、劣等能力者ダンパーだと。

 また俺の知らない言葉が出てきた。

 「第三セクター」「リッパロロジスト」につづく謎の単語第三弾。

 ダンパーとはなんだ? ダンパーっていうくらいだからダンプか? そもそもダンプってなんだ? 車しか知らんぞ。

 てか、あの車はなぜダンプっていうんだ? でかい、大きいって意味か? それとも硬い系の意味か?

 こ、これは思考の迷宮に入ったな。

 俺が視線をずらすと先頭を歩いていた九久津がこっち向かって歩いてきていた。