第208話 「優等」と「劣等」


 「あれ、九久津どうした?」

 「ああ、あとは雛ちゃんの弦しだいだから」

 そっかこれから先は社さんの行動でつぎをどうするか決めるのか? って、なんだかんだいって九久津が先頭きって安全をたしかめたうえでこっちに戻ってきたんだろうな。

 いや、九久津はいつも視野が広いから後方のエネミーまで気を使ってんのかも? あるいは最後に合流する校長にも気を配ってるのかも? 寄白さんと一緒のときもいつも周囲を気にかけてたし。 

 始点さいしょから終点さいごまで自分で状況を確認したいってことなのかもしれない。

 

 「なあ、九久津。劣等能力者ダンパーって日常会話で使う言葉?」

 「いいや」

 九久津が首を横に振った。

 「劣等能力者ダンパーって能力者おれたちのあいだでは劣等能力者って意味で使ってる。自分をさげすんだり卑下したり、あるいは謙遜するときにも使う。だから使用者がどういう意図でいってるのかよく考えないといけない。いった相手と対面してるなら日本人特有の感覚でなんとなく理解わかると思うけど」

 「へー。ちなみにダンプの意味は?」

 日本特有のあの言葉のニュアンスね。

 ああいうのって日本で育ってなきゃ絶対わかんねーよな。

 「いくつかあるけど”投げ捨てる”や”ゴミ”って感じかな」

 「ああ、それがダンパーになったってなんとなくわかったわ。劣等能力者の隠語的なものか?」

 「そんなところだな。ただ俺たちはこの会話で細かい意味までわかるけど。文字だけだとどんな意図かの判断は難しいだろうな」

 「だよな」

 ダンパーってそういう意味だったのか? 俺もこれから先わからないことがあったらみんなにひとつひとつ訊いて覚えていこう。

 九久津は俺の疑問にすぐに教えてくれたし、やっぱり俺は放置されているわけじゃない。 

 「うちは本当の劣等能力者アルからな」

 エネミーにも自分を卑下するような感じはなかった。

 日本でよくいう「ポンコツ」みたいないいかただな。

 

 ――そんなことないわよ。エネミーちゃん。

 校長もカラオケ店から遅れてようやく「六角第一高校いちこう」の四階にやってきた。

 卑下と謙遜……それも日本の文化のひとつか。

 

 ――つまらない物ですが。の贈り物みたいなことか?

 日本語ってムズいよな~。

 外国の人が――つまらない物をどうして贈るの?っていいたくなるのも無理はない。

 「でも繰」

 エネミーが校長に駆け寄っていった。

 「ううん。あなたはそのままでいいのよ」

 「そうだよ」

 

 九久津も同意しながら天井のサーキュレーターの間隔を確認している。

 

 「地球上のほんのわずかな人間が能力者として開花するけど。沙田くん、美子、九久津くん、雛のように実戦向きの能力者っていうのはさらにその中のごく一部なのよ」

 お、驚いた!?

 そ、そんなに希少だったんだ実戦向きの能力者って。

 九久津をはじめみんなそんな能力者だからぜんぜん気づかなかった。

 てか、それなら近衛さんってとてつもない能力者ってことになるよな? 六角市の結界を操作してるんだし。

 いや、当局の能力者って本来はそういう人だから・・・当局にいれるんだ。

 「私は能力でいえばサージカルヒーラーだけど劣等能力者ダンパーよ。堂流の足をひっぱってばっかりだったし」

 「繰さんもそんなことないですって」

 九久津も校長を思いやる。

 ここにいるみんなは優しい人たちだ。

 校長はただ謙遜しあえてエネミーと同じ立場になったように思えた。

 「えっ、でも」

 校長は照れながらもエネミーの横に並んだ。

 エネミーも校長にぴったりと体を寄せた。

 「だって真野絵音未シシャとの戦闘のあとに俺らの治療してくれたのは繰さんですよね?」

 九久津は俺らのうしろの様子をすべて確認してから体をクルっと百八十度翻した。

 九久津の家にいくバスの中で俺は知ったんだけど「シシャ」の反乱のときは救護部がきたんじゃなく校長が寄白さんと九久津を能力で治療したんだよな。

 

 「でも九久津くんも知ってるでしょ? サージカルヒーラーの正体を。もしも本当に傷を治癒できる能力なら私だって多少自信を持てた」

 正体? どういうことだ? だってサージカルヒーラーって治癒能力者のことなんじゃ。

 「治癒能力には変わりないですよ」

 「ううん。意味合いがまるで違うわよ。だってサージカルヒーラーは対象者の自然治癒力・・・・・を活性化・・・・させるだけの能力だもの。あの死者の反乱で傷を治したのは美子本人であって、九久津くん本人なんだから」

 えっ……そ、そうなの? ってことは完璧な治癒能力者じゃないってこと? 言葉から察するにサージカルヒーラーは自然治癒を早めるような効果……? 血行促進的なこと? 寄白さんが俺にやってくれたようなコールドスプレーでの応急処置に近いのかもしれない。

 じゃあ、ざーちゃんが俺の腰を治したんじゃなくて俺自身の自然治癒力が俺の腰を治したってことになるのか? 只野先生の魔障医学でも能力者はふつうの人間の肉体からだとは違うっていってたし。

 身体能力が飛躍的にアップしているなら治癒力もアップしてるはずだ、この話の流れからするとそういうことだよな。

 

 「それでも細胞を活性化させることのできる能力者が【サージカル・ヒーラー】じゃないですか?」

 「でも、もし私が能力を選べるなら【オムニポテント・ヒーラー】を選ぶわよ。だってヒーラーの最上級で万能の治癒能力者なんだから」

 オムニポテントヒーラー……。

 ヒーラーの上級職みたいな力か? それが本当の意味でのヒーラー。

 俺はその疑問を校長と九久津に訊ねてみた。

 すると想像どおりの答えが返ってきた。

 サージカルヒーラーは自然治癒を促進させるような能力者のことで反対にオムニポテントヒーラーはたとえば臓器を復元するようなことができる能力者のことだった。

 が、そのオムニポテントヒーラーは稀な能力者の中でもさらに稀な能力者で九久津でさえ本物のオムニポテントヒーラーに会ったことはないという。

 相当レアな能力者だな。