今、俺たちは俺たちの先をいっていた寄白さんと社さんのところに向かっている最中だ。
といってももうふたりの姿は俺の視界に入っている。
四階は何回きてもやっぱり不気味だ。
低音のピアノがよけいにそれを感じさせる。
今日の四階は不思議なことに小銭というか古銭が一定の間隔で規則的に置かれていた。
それこそ俺の額にヒットした和同開珎や寛永通宝もある。
でも、それは社さんの厭勝銭だとすぐにわかった。
九久津は最後尾で小刻みに首を振って全方位を警戒している。
いつもながらの安心感、たぶんもう四階の現状は把握してるはずだ。
エネミーは校長の腕にしがみつくようにして甘えていた。
そうやって自然と誰にでも懐けるのはある種の才能だよな? 赤ちゃんがハイハイして寄ってくのにそっくりだ。
そんな感じだから誰も警戒心なく受け入れてしまう。
俺も昨日、会ったばっかりでだいぶ振り回されたけど本気でイライラするなんてことはなかった。
「繰、うち五センチ飛べるようになるアルか?」
「できるわよきっと。ご、五センチなんていわずに十センチ。ううん二十センチ。い、いえ、上空まで飛翔べるように頑張りましょうよ?」
「それはだいぶバイブスヤベーアルな!?」
「バイブス?」
「そうアル」
校長もエネミーにいきなりバイブスっていわれてもそりゃあ混乱するよな。
「エネミーちゃん、そ、それはなに?」
「お腹がぞわぞわってなるアルよ」
「そ、そ、そうなの? サージカルヒーラーの私にはちょっとわからない感覚かな~。で、でもきっとそれはエネミーちゃんだけに理解できるものだから。いずれ役に立つわよ? 飛翔能力アップに繋がるかもね?」
「そうアルか?」
「うん。エネミーちゃんの飛翔能力がエネミーちゃんの適正能力なんだから、そのなに――バイブスヤベー。ってなることに惹かれるんじゃない? ちょ、ちょっと言葉が難しかったかな。ようするにエネミーちゃんの好きなことがいずれ自分の能力に転化されるってこと、あっ、これも難しいかな。まあ、エネミーちゃん今は自分の好きなことをめいっぱい楽しめばいいのよ」
「ほ~繰。良いこというアルな。じゃあうちは楽しいことだけするアル」
「そうそう。それでいいの」
校長の言葉がエネミーに通じたみたいだ。
けど、楽しいことだけするってパリピかよ? 寄白さんと社さんは深刻そうに美術室の前に立っていた。
あれが社さんの能力か……。
美術室の前には社さんの弦が蜘蛛の巣のように張り巡らされていた。
エネミーが国立六角病院でやってたっていうあやとりもその弦の影響か。
美術室の前の廊下には各教室の前にあった古銭がない。
周囲を見渡すと各教室の前には和同開珎や寛永通宝、それに見慣れない古銭たちが一ヶ所にまとめられて置かれている。
てか、こうやっていくつかの古銭の組み合わせパターンを作ってたのか? だから亜空間を飛んできた古銭のセットでどの部屋の前からそれが飛んできたのかがわかったんだ。
美術室に異変があった場合は和同開珎と寛永通宝の二枚が飛んでくる。
校長が前もって社さんに頼んだんだろうけど、社さんは俺たちがパフェを食べにいく計画の合間に「六角第一高校」でこんな下準備をしてたんだ。
みんながそれぞれ協力しあって六角市を守っている。
寄白さんの顔がいっそう険しくなった。
今、なにか話しかければぶん殴られるにと思うほどに真剣だった。
けど、ここでまたある疑問が湧いてきた。
だから九久津が俺の側にくるのを待って訊く。
「なあ、九久津。寄白さんなら今日だって四階のアヤカシの出現予測ができたんじゃないの?」
「予測ってのは段階の変化に気づくことだから」
「……ん? どういうこと?」
「今回は途中の段階がなかったんだろ」
「じゃあ、前触れがなかったってことか?」
「美子ちゃんが気づけなかったんなら恐らくそういうことだ。もっとも最近はアヤカシの様子がおかしいから今までの経験が意味をなさなくなってきたのかもな? 経験則が役に立たないってのは結構マズい状況だけど……」
「起承転結」って言葉もあるくらいだからたいていの物事は段階を経て移り変わっていく。
でも、それがすぐに「起」から「結」にいけば当然段階はない。
寄白さんは壁の打診音や気圧の変化でアヤカシの出現予測をするんだから途中の段階がないなら予測不能になるのは当たり前か。
あっ!?
……なにかがくる、それが気配でわかった。
俺もようやくなにかの気配を読めるようになってきたみたいだ。
美術室のドアが蹴破るように廊下に飛んできた。
飛んできたドアはゴールネットに吸い込まれたサッカーボールのように社さんの蜘蛛の巣状の弦にうずまって威力を削がれた。
そう、あのときもこんなふうだったな。
でも、あのときは絵画と同じ姿を経由てブラックアウトした。
今のその姿は完全に途中段階をすっ飛ばしている。
トマトを裏返した物に無数の針金をつけたような頭で黒い服を着た裸足のそいつは目の前にいる社さんをターゲットにしたようだった。