第210話 ふたつの机


 「いきなりかよ!!」

 寄白さんが叫んだと同時に社さんは宙を縫うように両手を動かした。

 いとの中から美術室のドアが無造作に廊下に落ちる。

 落下したさきにはマットなんてないからリノリウムの床にモロに衝突する。

 ――バッタン。という音ともに細かな埃が舞った。

 社さんはドアそっちに構ってる暇なんてないんだろう。

 美術室のドアに見向きもせずにまたを空気を縫った。

 社さんの前には魔法陣を縦にしたようないとが意思のある生き物のようゆらゆらと揺れていた。

 いとは独立していてブラックアウトしたモナリザを投網とあみのように囲んでいく。

 モナリザは四方八方を塞がれそのまま袋状に包まれていった。

 

 「うそっ!? 美術室からいきなりブラックアウト体のモナリザが飛び出してくるなんて。みんなこれからは今までの常識は通じないかもしれないわよ!!」

 校長も九久津とは比べられないくらい慌てた口調だけど、さっき九久津がいったことをいった。

 それだけイレギュラーな状況ってことか。

 モナリザはいとに覆われながらも体をバタバタとバタつかせて脱出口だっしゅつぐちを求めてる。

 モナリザはいまだに底引網そこびきあみの中でもがくように体を蠢かせていた。

 いとのあちこちがボコボコと膨らみ縮むを繰り返している。

 その凹凸がモナリザの暴れている場所だ。

 あれっ、なんだ? 急に焦りが湧き上がってきた。

 この手の動きってその場を離れろのジェスチャー……? 俺の意思とは別の反射的な動作。

 「社さん、寄白さん、すぐ離れて!! 九久津防御系のアヤカシを早く!!」

 俺は気づけば手を振って叫んでいた。

 

 {{重複召喚ちょうふくしょうかん}}≒{{ゴーレム}}

 

 {{重複召喚ちょうふくしょうかん}}≒{{ぬりかべ}}

  

 俺の合図にみんなが反応している。

 寄白さんと社さんはうしろに飛んだあと、ふたり同時に驚いたまま俺を見ていた。

 社さんと寄白さんそれぞれの前方では、社さんが新たに出した細かい網目のいとでいくつもの小さな円錐のトゲを防いでいた。

 

 ふぅ、俺がいう前に社さんも防御策をとってたか、一安心。

 九久津はすでに召喚を終えたあとに――ああ。と遅れて答えた。

 返答する時間さえ惜しんでアヤカシを召喚したってことか。

 二体のゴーレムは寄白さんと社さんをそれぞれ覆うようにして寄白さんと社さんを守っている。

 ゴーレム背中にもモナリザが放った小さな円錐のトゲがいくつも刺さっていた。

 社さんのいとを円錐のトゲが突き破ってきたのか……もうすこし遅かったらと思うとゾッとする。

 俺の目の前もぬりかべが守ってくれている。

 そして校長とエネミーの前にもそれぞれぬりかべが護衛のように立っていた。

 九久津がそれぞれに合う防御系のアヤカシを選んで召喚したんだ。

 当の九久津本人はなんのアヤカシを召喚することもなく無防備なまま静かになったモナリザを見据えていた。

 社さんの袋状のいとには無数の穴があいている、その場所はモナリザのトゲで破れた部分だ。

 九久津は飛んできたトゲをぜんぶ生身なまみかわしたのか? でも今回モナリザが飛ばしたトゲは直線で飛んできたわけじゃない。

 寄白さんと社さんの前にいるゴーレムの背中にトゲが刺ささっているのはトゲがあらゆる角度を蛇行しランダム軌道で飛んできた証拠だ。

 

 九久津はすべてのトゲの軌道を見切ったうえで俺ら全員に防御系のアヤカシを召喚した。

 自分に飛んできたトゲにおいては「防ぐ」じゃなく「かわす」を選んだ。

 九久津おまえはいったいいくつのことを同時に考えて同時にいくつの動作をしたんだ? 俺はただ資料で読んだ【召喚憑依しょうかんひょうい能力者の中でも天賦てんぷの才を持つ。】を目の当たりにしてるだけか? 九久津がいて助かった~。

 九久津は不思議そうに俺を見て――助かった。と笑顔をみせた。

 その――助かった。は――みんなを助けられて助かった・・・・。って意味だ。

 いやいや、俺も助けられたけどな。

 俺の目の前にいるぬりかべにもモナリザの頭部から飛んできたトゲが無数に刺さっている。

 ……ブラックアウトしてるからそのぶんモナリザの凶暴性や攻撃力が上がってるんだろう。 

 だから社さんのいとをモナリザのトゲはやすやすと突き破ってきた。

 なにかの記憶が甦ってくる。

 あっ!?

 最初のモナリザときに俺が廊下に机を置いたのって……あれは別の誰か意思だ。

 あれっていったほうがいい。

 あのときの俺は意外と机が軽いことに気づいて、もう一脚机を廊下に置いたんだ。

 机の数は多いに越したことはないっていう、あの機転は俺の中にいるモノの判断だ。

 今のとっさの判断もその感覚に近い。

 俺は戦闘において現在進行形で確実にレベルアップしてきている。

 なんだか中のモノと戦闘パターンが一致してきた気がする。

 それは俺を導いてくれているような、気がするというより俺がそうなっていってるのか……? 一体化っていえばいいのか? 只野先生がいっていた良性の【啓示する涙クリストファー・ラルム】って意味もわかる。

 「沙田くん、ありがとう」

 社さんは俺に背を向けたままだけどそういった。

 なんだか感謝されちゃったな。

 「えっ、ああ、うん。気にしないで」

 「やるな。さだわらしのくせに」

 寄白さん――くせに。ってなんだよ。

 社さんはまた宙を縫うように手を動かした。

 この隙にたとえモナリザがまたトゲを飛ばしてきてもゴーレムが反応するはず。

 {{影縫い}}

 いとに包まれたままのモナリザの足元が社さんのいとでバツ印に編まれた。

 これであいつは歩行という意味で進むことはできない……。

 でもこの技って初め見たけど……俺はその効果を知っていた。

 「雛の能力には中国の固有アヤカシ殭屍キョンシー退治を得意とする道士の戦闘方法が入っているの」

 校長が説明してくれた。

 ああ、そうだ俺は今日だけでもいろいろと学ぶことがあった。

 九久津は「リッパロロジスト」や「劣等能力者ダンパー」についても教えてくれた、それにそのつどいろんな人が俺に知識を授けくれた。

 俺の中のヤツだって内側なかから俺に戦いかたを教えてくれてるんじゃないか?って気もした。

 これを追い風って呼ぶんだろう。

 最初のモナリザだって九久津が召喚した風と天井のサーキュレーターで退治されたんだ。

 風を味方につけると心強いな。