第213話 怪訝(けげん)


静まり返った四階には俺らの息使いだけが響いている。

 そこに遅れてピアノの低音が合わさってきた。

 あのピアノは相変わらずマイペースだな。

 っていっても俺が肺で呼吸してるのと同じように鍵盤を鳴らしてるだけか。

 あいつの鍵盤は生存を維持するための器官なのかもしれない。

 そういや九久津ってあの風を使ってから戦闘に参加してないな。

 もしかして俺に経験を積ませるためとか?

 ――あんなにアヤカシを召喚して大丈夫なのかな……。

 校長がなにげなくつぶやいたことを俺は聞き逃さなかった。

 召喚憑依能力者って召喚のキャパレベルがあるからアヤカシを召喚するときには怪異レベルを計算しながら戦わないといけないんだよな。

 さらに召喚したアヤカシと能力者の相性の良し悪しもある。

 でも、九久津なら頭でそれを完璧に計算して戦ってそうな気もするけど。

 俺はモナリザたちの破片と土埃をかぶったゴーレムを見てから今もなお校長とエネミーを守っているぬりかべに目をやった。

 九久津は今日この四階でゴーレム二体、ぬりかべ二体、シルフ、野衾のぶすまってムササビのアヤカシの計六体を召喚している。

 九久津ならそれくらいの個体数のアヤカシを召喚しても問題なさそうだけど……。

 シルフは風のアヤカシの召喚術だからすでに消えてるけど、現状この廊下にはゴーレム二体、ぬりかべ二体、野衾のぶすまが存在している。

 この数のアヤカシがいまだに召喚されつづけてることは校長にとって心配に値することなのか。

 たしかに俺もツヴァイドライを出現させっぱなしだと体力を使う。

 それと同じだとしたら九久津の疲労も大きいか……今の俺は校内の階段を全力で往復ダッシュしたくらいの疲れだけど。

 でもこれは俺とツヴァイドライが連動してきたからだろう。

 今の俺は疲労感よりも、爽快感と充実感のほうが上回っている。

 これから先もやっていけそうだ。

 

 「ここまでイレギュラー過ぎるできごとは」

 九久津が誰にでもなくいった。

 校長はその声に反応して怪訝そうな顔をいつもの穏やかな顔に戻した。

 エネミーは相変わらず校長にべったりだ。

 「イレギュラーじゃないってこと」

 寄白さんがそれを受けて答えた。

 「さすがにここまでやられるとね」

 社さんはなんだか呆れてるように見えるけど、俺にはそれがなにに対してなのかわからなかった。

 エネミーは社さんへと駆け寄っていく。

 社さんはエネミーを体の真正面で受け止めた。

 お父さんイヤイヤお母さん抱っこ的な状況だ。

 「そう簡単に経験則が使えなくなる、なんてことはないってことね」

 校長はエネミーを送り出したときと同じく両手を広げたままの姿勢でいった。

 校長もみんなの話の意図を理解している。

 エネミーはポカーンとしてるのかと思ったら目を輝かせて――かっけー、かっけー。と社さんの両手を掴んでぶんぶん振っている。

 

 エネミーのやつみんなのバトルに感化されたな。

 あっ、また、ちょっと浮いてるし。

 エネミーの飛翔能力、絶賛発動中!!

 「あの沙田ですら・・・かっけーアルよ!!」

 「ですら」ってなんだよ。

 ここでようやく九久津が召喚したゴーレムの召喚が解消されて消えた。

 ぬりかべ二体はまだ校長とエネミーを軸にしてここからすこし離れた廊下に立っている。

 状況が急展開したときの念のための防御壁のような?

 「でもどこだろう?」

 校長がそういって廊下を見回した。

 みんなもそれにつづいき辺りを見回している。

 どういうことだ? 俺はまたすこし取り残されていた。

 さっきの話が理解できてない時点でこうなることはわかってたけど。

 まだまだなんのことだか予想できない、さすがに経験不足だ。

 みんなは最小限の言葉だけで通じ合っている。

 でも焦ることはない今から学べばいい。

 「どういうこと?」

 だから、訊く。

 

 「まだわからない。だから俺がたしかめる。その場所はもうひとつしか残ってないけど」

 九久津はそういうと真っ先に美術室の前に立って野衾のぶすまの背中にぽんと触れた。

 野衾のぶすまは召喚を解除されたぬきが化けるような感じでぼわんと消えた。

 にしてにも九久津の――まだわからない。ってどういう状況だ? 美術室のドアは当然モナリザの出現でなくなっていて野衾のぶすまが消えた今はがら空きだった。

 飛んでいった美術室の右のドアは廊下の端で大きく三枚に割れていた。

 左のドアはドアの上の右端が反り返っている。

 美術室からすげー速度で飛んでいったからな。

 社さんの厭勝銭も貯金箱をひっくり返したようにそこらじゅうに飛び散っていて、どこの教室にどんな配置で古銭が置いてあったのかもうわからない。

 四階はそのまま戦闘の終了後あとって感じがありありと見えた。

 亜空間を応用していなかったら「六角第一高校いちこう」の校舎なんてとっくに崩壊してるな。

 九久津はその場でゆっくりと左右に首を振ってから天井を見た。

 そういえば、今日、四階にきてからも同じような行動をしていた。

 九久津の首の角度が上から下へと移る、そしてそのまましゃがんで床に手を当てた。

 「なにもなさそうだ……」

 いってからするっと立ち上がる。

 「俺は今日、四階にきてから見渡せるだけの場所で異変のアリナシを調べた。……けどなにもなかった」

 「それで?」

 俺は九久津にそう声をかけてから九久津のうしろに並んだ。

 「なにもないってことはなにもないってこと」

 そういったのは寄白さんだった。

 じゃあ不審な点はない?ってことになるけど。

 と、言葉でいうと俺の腹に軽いひざ蹴りが入りそうだから……と、思いつつ寄白さんを見る。

 

 寄白さん今日は四階ここで三つイヤリングを使ったから、寄白さんのイヤリングの位置がまばらになっていた。

 黒い十字架のイヤリングは右耳でひとつ左耳でふたつ揺れている。

 

 「そう。だから原因があるなら廊下じゃない場所よね?」

 社さんも話を理解している。

 へーそういうことなんだ。

 あっ、でも三人がそれぞれ俺に教えてくれてるようだった。

 九久津は美術室の中へどんどん進んでいく。

 俺も同時にうしろについて歩く。

 みんなも俺らのあとにつづいて入ってきた。

 美術室の入り口の左右にはぬりかべが一体ずつ立っている。

 その位置だと廊下側からなんらかの攻撃があってもぬりかべがあいだに入って盾になれる。

 九久津は美術室に入ったあと他の場所には見向きもせず、あるところまで進んでいった。

 凝視しているのは有名な絵画モナリザ、の、レプリカ画像だ。

 そう、これが【七不思議その五 飛び出すモナリザ】……の元となる四階美術室の絵画。

 なにげにこの絵を見ただけでも不気味だ。

 怖えーよ!!

 なんつーかこの顔の無機質な表情が怖いんだよな~。

 それがブラックアウトしたらあんな表情もなく顔面トゲトゲになるんだからそりゃあ学校の七不思議になるわ。