第217話 アインシュタイン


 「まるでアインシュタインね」

 社さんの儚げながらも、か細い声が混ざった。

 アインシュタイン? なぜ? 共通点といえば知的なところ?

 「なるほど」

 すぐに反応したのは九久津だった。

 それだけで通じ合えるのか~? 社さんはこくっとうなずいた。

 エネミーは俺を見てほんわかした目で合図し口をパクパクしている。

 わかってるって、俺は声を出さずにエネミーに返した。

 九久津と社さんがあんまり会話できてなかたことエネミーも気づいてたか。

 って九久津から社さんへの会話はふつうなんだよな。

 エネミーはふたりが話していることを喜び、それをいまだ俺に目で伝えてくる。

 エネミーの恋愛脳は発達してるな。

 問題は社さんが九久津とじかに話せてないってことなんだよ。

 ただアヤカシ関係の話ならモナリザのときみたいにわりと大丈夫そうだけど。

 それもそのはず社さんは九久津のことを……ってみなまでいわない。

 やっぱりエネミーのこの空気を読む力と気の使いかたは大人びてる。

 それもこれも社さんを思ってのことだろう。

 それだけエネミーと社さんは仲がいいからな。

 「アインシュタインの脳はいくつもに分けられて全世界で保管されてるからな」

 「マジか!?」

 

 俺は反射的に訊き返してた。

 これはマジで口から勝手に出た言葉だ。

 それでも九久津は冷静だった。

 さっきぬらりひょんの名前を見たときだけゆいいつ驚いてたんじゃないか?

 「ああ、そこにいたる経緯は省略するけど。アインシュタインの相対性理論はGPSにも使われてるし」

 「えっ、たしか相対性理論ってタイムマシンがどうのこうのだろ? それがGPSに採用されてるってどういうこと?」

 俺には意味がわからなかった。

 「ああ、そっちは特殊相対性理論。俺がいってるのは一般相対性理論のこと」

 「えっ、なに相対性理論ってふたつあんの?」

 「あるよ。GPS衛星で使われてるのは一般相対性理論。これによって世界で何人の犯罪者が逮捕されたのかわからない。他にも渋滞の緩和とかも俺たちがアインシュタインから受けた恩恵は計り知れない」

 GPSって……世界中で使われている位置を観測する衛星のシステムだ。

 アインシュタインが具体的になにをしたのかわからなくても天才なのは誰でも知ってる。

 たぶん、――ベロを出した偉人の写真は?って質問だけでわかるんじゃないか。

 相対性理論ってすげー、あらためてすげー!!

 でも特殊相対性理論と一般相対性理論って排他的とそれ以外の関係性みたいだ。

 話題からはちょっと逸れたけど、社さんはそういう天才の脳が切り分けられてるって共通点を指摘したのか。

 「残酷ね」

 校長の意見に異論を唱える者なんていない。

 人間の脳を切り分けるなんてたしかにサイコ的だ。

 でも、それは偉人としての研究対象だからだろう。

 俺、偉人じゃなくて良かった~。

 将来、偉人にだけはなるまい、まあ、なろうとしてなれるもんじゃないけど。

 「人間だって歴史の中で同じようなことしてきた」

 九久津のいうことももっともだ。

 人間はとてつもなく残酷なことをしてきている。

 俺たちは教育がっこうでそれを学んでる、むしろ数珠繋ぎの大量殺人が日本史と世界史だ。

 簡単にいくさ一揆いっきだ、革命だクーデターだっていってるけど。

 あれは内戦であって、テロだ。

 日本には刀で人を斬る、本当にそんな世界があったんだ。

 そんなのが妖刀になるんだよな。

 

 何度学んでも現在進行形で殺戮はつづいていく。

 それを教えられてる子どもだって真逆の現実を目の当たりにしてどうすればいいんだ?ってなるよな。

 命は大事だって教えられた夜に誰かが誰かに刺されたってニュースが流れてくるんだから。

 「兄さんは歴史が犯してきた罪を教えてくれた。西暦で考えてもたった二千年弱しか経ってないのに……。現代ではコンテンツ・モデレーターという非人道動画を削除する職業さえある」

 九久津の兄さん、九久津の兄貴って……九久津堂流。

 俺、名前は知ってるけど顔は知らないんだよな。

 なんだか変な気持ちになる。

 校長が好きなんだから九久津似のイケメンだろう、そもそも兄弟なんだからな名字は同じ九久津か。

 九久津の怒りの滲んだ表情が印象的だった。

 俺はときどき九久津の中にそんな激昂的げきこうてきな部分を見る。

 いや、見ないフリをしてきただけかもしれない。

 その怒りはずっとバシリスクにだけ向けられたものだと思っていた。

 でも違った。

 このこぼれるような憎悪は間違いなく世界に向けられたものだ。

 

 バシリスクへの怨みに紛れてそれはずっと前からあったんだ。

 座敷童のざーちゃんとも無縁ってわけでもないだろうし。

 ……九久津……おまえ蛇にとり込まれたりしないよな? 悪魔と契約なんてしないよな?

 「これである仮説が成り立つ。ぬらりひょんが蛇じゃないなら蛇はぬらりひょんの上位うえにくる存在ってことだ」

 九久津の説はどことなくみんな思っていたことなのかもしれない。

 それを聞いても俺はなにも驚かなかった、むしろしっくりくる。

 と同時に、背筋に寒気が走るほど蛇はヤベーって思った。

 

 校長は伏せるように持っていたスマホを自分の胸元まで上げて一度ディスプレイに触れ【「排他的上級固有種ぬらりひょん」の脳の一部と判明。】と表示さたままの画面をスライドさせた。

 そこから校長の指先がすごい速さで文字を打っている。

 その内容も想像がつく。

 しばらくすると校長の指が止まった、と同時に俺とみんなのスマホが震えた。

 

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 【寄白繰】:

 ・1、蛇は真野絵音未を唆したかもしれない。

 ・2、蛇は人体模型をブラックアウトさせたかもしれない。

 ・3、蛇はバシリスクを操っていたかもしれない。

 (バシリスクは不可領域を通ってきた)

 ・4、蛇は日本の六角市にいるかもしれない。

 ・5、蛇は金銭目的で暗躍しているかもしれない。

 ・6、蛇は両腕のない藁人形(忌具)を使って、モナリザをブラックアウトさせたかもしれない。

 ・7、蛇はぬらりひょんの脳を切り刻んで利用しているかもしれない。

 

  「7番」は私の意見なんだけど、みんなはどう思う?

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 こんな簡単に【Viper Cage ―蛇の檻―】の項目が増えていくのか?