第219話 退治レベル 


「繰さん。繰さんのスマホの中にはぬらりひょんの脳としか書かれていなかったんですけどぬらりひょんの具体的な脳の重さはわからないんですよね?」

 「えっ、えっと、そうね。その辺りの数値的な情報はなかったわ。そもそもすでに美子と雛がリビングデッドを退治したあとでリビングデッドに寄生したぬらりひょんの脳そのものがあったわけじゃないし。ただ解析部なら微細証拠からでも脳の正確な容量を計測できるはずよ」

 「そうですか」

 九久津は残念そうにして――脳の容量は体重の2%……。

 といいながら空計算からけいさんをはじめた。

 「詳細データ取り寄せてみる?」

 「いいえ。ないなら大丈夫です。頭の中で計算できますから。そんなにはズレないと思いますので……」

 「そう。まあ、九久津くんならそれでなんとかなりそうね」

 「はい」

 九久津の恐ろしく早い計算が終わった。

 「皮膚片立体化法なんかを応用すれば可能か。でも滅怪めっかいじゃなくてよかった……」

 言葉の最後はまったく別の話題になっていた。

 九久津が口にした謎の技術はきっとY-LABによるものだろう。

 ただ「めっかい」? 初耳だなその言葉も。

 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥って言葉もあるから今のうちに訊いておいたほうがいいよな。

 

 「九久津めっかいって?」

 

 「あっ、そっか沙田くんは退治レベル知らないんだっけ?」

 九久津の代わりに校長が反応した。

 校長は――あれ、それ教えてなかったけ? みたいな顔で俺を見てるし。

 でも、前にもらった資料の中にはなかった。

 

 「退治レベルですか?」

 退治にも段階があるってことか。

 アヤカシが消えればぜんぶ退治だと思ってたんだけど違うのか。

 「そうよ。アヤカシの退治にはね、のぞアヤ(カ)シと書く除怪じょかいあらがアヤ(カ)シと書く抗怪こうかいころアヤ(カ)シと書く殺怪さっかいめっするアヤ(カ)シと書く滅怪めっかいの四段階の退治レベルがあるの」

 「はじめて聞きました」

 除怪、抗怪、殺怪、滅怪か。

 「ならここで覚えてね。除怪は塩や聖水、お札などでアヤカシを追い払うことをいうの。抗怪はアヤカシに物理的ダメージを与えること。まあ意図せずに除怪が抗怪になることもあるけどね」

 あっ、そっか最初のモナリザとの戦いとき九久津はあえて五芒星を完成させずに星の一点を開けっ放しにしていた。

 あれって自分が塩に触れるとダメージを受けるから真っ先に開いてる方向に向かっていったんだ。

 俺たちはそこを逆手にとって出口の延長線上に机を置いて罠をしかけた。

 モナリザはそれにまんまとはまった。

 まるで追い込み漁みたいな計算ずくの戦闘たたかいだった。

 「六角第一高校いちこう」の生徒が持つ塩もアヤカシを追い払うには理に適ったお守りってわけか。

 ちょっと見くびってた。

 しかも「六角第一高校いちこう」の生徒は社さんの実家の六角神社の塩を使ってるからな。

 市販の塩よりも効き目がありそうだ。

 「殺怪はアヤカシの生き死にでいうところの”死”に相当する。滅怪もアヤカシが消滅するからこれも”死”に相当する。でもね殺怪と滅怪には決定的な違いがあるの」

 「決定的な違いですか?」

 「ええ、そう。それは退治後にアヤカシの痕跡が残っているか残っていないか。殺怪の場合解析部が調べればどんなアヤカシだったのか情報を得ることができる。それこそ各アヤカシの負力構成比なんかもね」

 負力の構成要素はアヤカシの中身のことで同じ種類のアヤカシであっても同一固体のアヤカシは一体も存在しないんだよな。

 人間も人それぞれ血液型やDNAが違うようにアヤカシもそれぞれで違う。

 「滅怪の場合は痕跡がなにひとつ残らないから解析部が入っても情報を得ることができないの。つまりはってことね」

 「へー、アヤカシがいたのに痕跡が残らないとは……」

 「でね、人間の中でも能力者自体が貴重なのにその滅怪領域でアヤカシを退治できる能力者っていうのがこれがまたレアなのよ。なにより滅怪は痕跡を残さないから自己申告でしかないし。私が知ってる能力者の中でも滅怪を使える人はいないかな」

 校長の知り合いにもいないのか。

 けど、そこまで自信満々にいわなくても。

 案外意外な人物が滅怪領域で退治できますみたいなこともあったりすんじゃ。

 「繰さんがいったことがすべてだ。当然、俺も滅怪を使える能力者は知らない」

 九久津もこれ以上は補足することはないって口振りだった。

 なるほどな、それにしてもそんな能力者がいるとは。

 能力者の中でも上級の能力者って感じか。

 救偉人の中にはいるんじゃないか? あとはミッシングリンカーって能力者の中にも? あれっ……でも? ち、近すぎてわからないってのもよくあるよな。

 「九久津。このメンバーの中にも滅怪めっかいで退治できる人いないの?」

 「……」

 

 みんなそれぞれに何秒かの間があった。

 これは誰も考えもしなかったって感じか? みんながみんなの顔を見合ってる。

 まあ、エネミーに関してはないな。

 生まれたてだし、自分で自分を劣等能力者ダンパーっていってるくらいだ。

 ここにいる俺とエネミー以外の能力者は寄白さん、社さん、九久津、校長の四人。

 う~ん、さすがにこの中に滅怪でアヤカシを退治できる能力者は隠れてなさそうだ。

 みんな長い付き合いの顔なじみだし、滅怪領域で退治できるならずっと前に話してるだろうし。

 誰がなにをいったわけでもないのに、みんなの答えが出たような気がした。

 雰囲気だけで俺が感じたことだけど「いない」って結果だと思う。

 「その可能性もあるかもしれなけど」

 

 九久津は語尾を溜めた。

 「いないだろう」

 と結ぶ。

 「わかってるよ。みんなのやりとり見てて、だろうなって思った」

 九久津はまたなにかを考えはじめた。

 まあ、俺が考えないようなことを考えてるんだろうけど。

 「九久津どうした?」

 「いや、今まで考えたことはなかったけど。人のイメージと負力で誕生するのがアヤカシ。それとはまったく別種のアヤカシであるぬらりひょんからでも星間エーテルは抜け出るのかと思って。単純にぬらりひょんを滅怪で退治した場合星間エーテルは無に還るのか。そもそもぬらりひょんにそんな機能があるのかないのか。……というより俺と同じことを考えた研究者がいるのかいないのか」

 「えっ?」

 星間エーテルって九久津たちのあいだでも一般情報なの? 校長も寄白さんも社さんもどこか九久津を尊敬するように見ている。

 それもそうか、九久津の唯一無二の考えかただ。

 Y-LABでプレゼンしたらなんかの新発見に繋がったりするかも。

 エネミーはというと、辺りの空気を読んだのかどうかわからないけど目を泳がせていた。

 子どものもうお家帰りたいモードだ。

 でもリアルに考えると生後一週間にも満たない子どもで本当ならまだ話すことも食べることも歩くこともできないんだ。

 死者じゃなきゃ今ごろベビーベッドで寝てるだろう。

 

 「星間エーテルの転生の話って魔障医学の話じゃないのか?」

 星間エーテル、転生の理由、ルーツ継承と信託継承。

 寄白さんは……卑弥呼の……俺のルーツはまだまだ謎だけど。

 でも、俺は昨日只野先生にそれらの話を聞いたからわりと知ってる。

 「魔障専門医の領域までは知らないけど。転生に星間エーテルが関係あるってのは常識だから。俺も繰さんも、美子ちゃんも雛ちゃんもそれなりには知ってるよ」

 「そうなんだ。じゃあ魂の重さが二十一ミリグラムって話は?」

 「さだわらしがどうしてそんなことを知ってるんだ?」

 寄白さん目が怖いっす。

 「すごい。そこまで知ってるんだ」

 社さんに初めて褒められたような。

 なのに社さんはそのあとものすごく沈んだようだった。

 「沙田のくせにやるアルな」

 俺はエネミーにちょいちょいけなされるけど別に心から悪口をいわれてるわけじゃないし。

 そこは使者である寄白さんの中身を引き継いでいるのかも。

 でもエネミー俺を尊敬してたんじゃないのかよ!? 暗黒物質ダークマターを使った俺をそっこー忘れたのか? まあ、俺をいじって暇じゃなくなるならいいけど。

 

 「えっ、ああ、昨日主治医にきいただけだから」

 「そっか、昨日の診察でよね?」

 校長はそういいながらも意識はスマホに向かっていた。

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 【寄白繰】:

 ・1、蛇は真野絵音未を唆したかもしれない。

 ・2、蛇は人体模型をブラックアウトさせたかもしれない。

 ・3、蛇はバシリスクを操っていたかもしれない。

 (バシリスクは不可領域を通ってきた)

 ・4、蛇は日本の六角市にいるかもしれない。

 ・5、蛇は金銭目的で暗躍しているかもしれない。

 ・6、蛇は両腕のない藁人形(忌具)を使って、モナリザをブラックアウトさせたかもしれない。

 ・7、蛇はぬらりひょんの脳を切り刻んで利用しているかもしれない。

 

  「7番」は私の意見なんだけど、みんなはどう思う?

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と書かれていたものが

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 【寄白繰】:

 ・1、蛇は真野絵音未を唆したかもしれない。

 ・2、蛇は人体模型をブラックアウトさせたかもしれない。

 ・3、蛇はバシリスクを操っていたかもしれない。

 (バシリスクは不可領域を通ってきた)

 ・4、蛇は日本の六角市にいるかもしれない。

 ・5、蛇は金銭目的で暗躍しているかもしれない。

 ・6、蛇は両腕のない藁人形(忌具)を使って、モナリザをブラックアウトさせたかもしれない。

 ・7、蛇は二匹(ふたり)いるかもしれない。

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 に変更された。

 【Viper Cage ―蛇の檻―】の7番目がまるまる変わった。

 俺たちは自分たちのスマホが震動した数秒後にこれを見ている。