第222話 シリアルキラー気質


「繰さん。すくなくとも蛇の最終目的は金銭的なものじゃないと思います。たとえ今は集金目的で暗躍してるとしても最終目標はもっと別のなにかです。きっと」

 おお、俺も同じ意見だよ九久津。 

 「私も九久津くんの意見に同意するわ。金銭目的にしてはあまりに不自然。表立って金銭が動いてる形跡もない。ヤヌがいってたんだけど人が罪を犯す動機は大きくわけて四つあるんだって。それは怨恨、異性間トラブル、金銭目的、快楽目的」

 「……快楽なんじゃ」

 社さんが、そうもらす。

 その四つの中で考えるとそうなるかも……。

 でも怨恨っていっても今まで蛇がやってきたことを考えるとターゲットが曖昧すぎる。

 さっき俺が思ったようにすべての人間への怨恨ならわかるけど……大勢の人間を一度に巻き込むにしては規模が小さい。

 バシリスクを操ることができるなら、それで町を襲えばいい……。

 って、今回それをやろうとして九久津が阻止したともいえるか。

 ただ最初から他の都市じゃなく六角市を攻めてる時点でなにかの狙いがあるのか。

 不可侵領域か? ここでまた最初の疑問に戻るけど怨みをはらす相手が曖昧すぎて絶対に狙いたかった相手がいるとも思えない……。

 異性間トラブルってのは恋愛だよな、って、これは俺にはわからん。

 真野さん、人体模型、バシリスク、藁人形、モナリザ、ぬらりひょん、今まで蛇に利用されたり犠牲になったとされる者から考えてみてもそれはない。

 どういう感情だ?ってなるし。

 蛇との恋愛で真野さんをブラックアウトさせたなら真野さんの元彼が蛇……?

 そうなると蛇は「六角第三高校さんこう」あるいは転校前の「六角第五高校ごこう」にいる可能性が高い。

 恋愛のもつれとかってそういうことだけど……単純すぎるか? そもそも元彼っていっても蛇は最短でも十年前から暗躍してるんだから年齢がぜんぜん合わない。

 やっぱり異性間トラブルってのはないな。

 共通点といえばすべてがアヤカシ関係ってくらいだ……。

 金銭目的も、もっと違うやりかたがあるだろう。

 今回の犠牲者から金が奪われたって話も聞いたことはない。

 九久津と校長が否定したように蛇は金銭目的で動いているわけじゃないと俺も思う。

 

 そうなると消去法だけど快楽目的で行動してるってのは納得できるか。

 快楽目的ならば今までのすべての犠牲者に当てはめることもできる。

 ターゲットになる者の条件や規則性なんてどうでもいい。

 ただ無作為むさくいに選んでただたのしむだけだから。

 

 「えっ? 快楽?」

 社さんの言葉に驚いた校長がそれは予想していなかったって顔をしてる。

 

 「シリアルキラーだってその手が多いじゃないですか? 凶行に手を染めるきっかけは己の境遇だったとしても気づけばその行為自体にたのしみを覚える」

 「雛。じゃあ、蛇の目的はただの快楽? 愉しんで人を傷つけてるの?」

 「はい、そうです。ただ二匹のうちのどちらか一匹の目的ですけど」

 「……やけに詳しいのね?」

 「さまざまな参考書籍を読んできたのでそういう者の心理もわかりますから。ぬらりひょんの脳を切り刻んでる点もまさに・・・って感じです」

 「雛はリッパロロジストアルからな」

 おっ、エネミー良いこといった。

 リッパロロジストは切り裂きジャック研究科だ。

 そう誰もが知っているあの有名なシリアルキラー。

 社さんはバスの中でも切り裂きジャックの本を読んでいた。

 きっと俺らの誰よりも切り裂きジャックに詳しいだろう。

 

 「雛。たしかにそうね。ぬらりひょんの件はアヤカシ相手だとしても猟奇的だわ」

 「ですよね。蛇にもシリアルキラーに通じる狂気。それでいて冷静沈着な思考、IQの高さも感じられます」

 社さんはそこでいったん話を区切った。

 「でも、みんな勘違いしないでね。私はリッパロロジストじゃなくてそういう経緯に至った人物像を知りたかっただけだから。他にもゾディアック事件をはじめ有名な事件は調べてきた。だから切り裂きジャック限定ってわけじゃないのよ」

 「そうだったアルか?」

 「うん。だからエネミーが私のことをリッパロロジストって思っていても不思議じゃないんだけどここ最近は初心に戻ってまた切り裂きジャックのことを調べていただけだから」

 「そうアルか。うち生まれて一週間アルし」

 そう、エネミーってじっさいの人間ならまだ乳児だから。

 それにしてもシリアルキラーってシリアルキラーのデスマスクと関係あるのか? 俺みたいにただシリアルキラーって単語で連想しただけなのか? そもそも鶏が先か卵が先かじゃないけど社さんはシリアルキラーのことを知りたくてシリアルキラーのデスマスクに興味を持ったのか? それともシリアルキラーのデスマスクの存在を知ったからシリアルキラーに興味を持ったのか……どっちだろう? 社さん今日はに表情が曇るんだよな。

 九久津がいる緊張とも違うような。

 まあ社さんと俺はそんなに長いつき合いじゃないから違うかもしれないけど。

 まさか身近な誰かに蛇の心当たりが? いや、でもこれは訊けない。

 さすがに山田なんてオチはないだろう。

 あのあと結局、山田から寄白さんへの接触はなかった。

 逆にそれが嵐の前の静けさみたいで不気味に感じる……。

 

 「雛が今まで勉強して出した答えなら私はそれを支持するわ」

 校長って本当に良い先生だと思う。

 たとえそれが年下の意見でも正しいと思ったらぜんぶを受け入れてくれるから。

 「ただ二匹となるとふたつの理由があってもいい。金銭と愉快という動機」

 ここぞばかりに九久津が話の筋をまとめてきた。

 なるほど二匹いるならふたつの行動動機があるわけだ。

 「そうね……。二匹がバラバラならそれぞれに目的があってもおかしくないわね」

 校長が返した言葉にみんなも無言でうなずいている。

 二匹の目的はそれぞれ金銭と愉快犯か。

 寄白さんは藁を封印した十字架のイヤリングをチラチラと気にかけている。

 寄白さんも寄白さんでなにか思うことがありそうだ。

 

 「でも、まずはできることからはじめましょう。ここは基本に戻って情報収集から」

 校長はなにかのスポーツで気合を入れるときのように――パン。と両手を叩いた。

 美術室に乾いた音が抜ける。

 とたんに今までの雰囲気が和らいでいった。

 これでこの話が終わったとみんな理解する、と同時に誰ともなく廊下へ向けて歩きはじめた。

 

 蛇の蜷局とぐろは世界だけじゃなく本当に歴史をも巻き込もうとしてるのか? 並走世界を入れたX(並走)軸とY(時間)軸まで。

 三点軸のうち、もうすでに二点軸は蛇の術中? 創世のときにはもうすでに蛇の尾が絡みはじめていたのかもしれない。

 なんとなく昨日見た、創世のサイトを思い出した。

 ああ、これって俺の中のやつの考えと混ざってるわ。

 俺らのちかくを気味悪いほどになにかが這い徐々に間合いをつめてきている、そんな気がする……。

 ロンギヌスの槍……あれがあればあるいは……。

 廊下に出ると張り詰めていた空気がさらに一段と和らいだ。