第224話 小休止


俺たちは今、校長室にいる。

 壁の時計が示している時間は午後8時45分。

 高校生にとってもまあまあ遅い時間になった。

 「美子ちゃん。座標の調整をしたいんだけど」

 「ああ、それなら」

 九久津と寄白さんはなんだか数学的な話をしている。

 四階ではいい合うこともあったけどそれもおたがいを思ってのことだ。

 「うちの冷蔵庫は5LDKで収納多めアルよ」

 校長室に備えつけられている小さな冷蔵庫を前にしてエネミーは能天気だった。

 どういう部分が5LDKなのかわからないけどわかる・・・

 これはつまり真野家うちの冷蔵庫はでかいってことだろう。

 収納が多めってことは冷蔵庫の引き出しが多いのか? 校長室の冷蔵庫は俺の腰くらいの高さで飲み物専用の冷蔵庫といってもいい。

 ただ、エネミーの家の家庭用ファミリー冷蔵庫と簡易冷蔵庫を比較するのもどうかと思う……。

 エネミーは真野家の娘なんだし、家は良家っていえば良家だ。

 大容量サイズの冷蔵庫を使ってるんだろう。

 俺の家より一回り、いや、あるいは二回りは大きなやつだな。 

 「なかにはバルコニーもあるアルよ」

 社さんは真顔でなにひとつ疑問はないって感じでエネミーの話を受け止めている。

 バ、バルコニーってなんだ? あれかドレッシング置くとこか? それともチューブの薬味を置くとこか? エネミーのいいかたならぜんぶがバルコニーの可能性もあるぞ……。

 「テラスには生卵が置いてあるアル」

 あの穴だらけの場所がテ、テラスだと? テラスぼっこぼこじゃん、ぜんぜんテラってないじゃん。

 「テラスの半分はカフェテラスアルよ」

 だめだ。

 なにいってんだかぜんぜんわかんねー。

 仮に卵置きのところにカフェを置けるならそのカフェ細っそ!?ってなるぞ。

 これはバルコニーがどこなのかますますわからなくなった。

 「ベランダにはマヨネーズとケチャップとウスターソースアルな」

 どうやら俺の思ったドレッシング置き場がベランダっぽいな。

 「ドレッサーにはドレッシングが並んでるアル」

 はっ? ドレッシングがドレッサーに収納されてるだと? そもそもドレッサーって化粧台のことだよな。

 真野家は違法建築の冷蔵庫使ってるのか? だめだ。

 ギブアップ!!

 「あっ、そうそう【Viper Cage ―蛇の檻―】って個人名でフィルタをかけるとその人が投稿した順番でソートできるから。しかも降順、昇順どっちでもOKよ」

 俺は校長のその言葉でエネミー独特の世界から現実に戻ってきた。

 現実がまた蛇の存在を呼び起こさせる。

 校長は【Viper Cage ―蛇の檻―】の使いかたの捕捉説明をしつつ小さなオブジェの飾りが並んでいる机の引き出しを開き中からスマホくらいの大きさの付箋のような束をとり出した。

 表紙をめくると中は切符のような紙で左端が点線になっている。

 校長は「キリトリ線」と書かれた点線からその紙を一枚一枚ピリピリとちぎって俺らに配っていった。

 当然、俺もそれを受ける。

 なんだこれ? 校長が個別でみんなに配っていたのはタクシーチケットという物だった。

 こんな物がこの世に存在していたのか? このタクシーチケットとは、な、なんとタクシーに乗っても無料というレアアイテム。

 リアルSRスーパーレアだ。

 いや、じっさいは無料じゃなくて株式会社ヨリシロが前払いしてるんだけど。

 亜空を使って「六角第一高校いちこう」にきたわけだし、もう、夜も遅いからタクシーで帰ってねという校長の心遣いだ。

 社さんとエネミーは帰り道の方角が一緒だから今ふたりで帰り支度をしている最中だ。

 先に「六角第一高校いちこう」を出るのはこのふたりだな。

 九久津は尾行のこともあるしまた病院に逆戻りで明日からのことはわからないという。

 

 「もうすぐ九時アルな。でも予約してきてるから完璧アルよ~」

 エネミーは上機嫌で壁時計を見た。

 エネミーのやつ今日もアニメを多重録画してきてるな? 今この時間帯地上波で放送されているアニメはない。

 おそらく有料アニメチャンネルだろう。

 真野家は由緒ある家柄いえがらだ、冷蔵庫のことといい有料アニメチャンネルのことといい一般家庭の俺と違ってリッチな家庭はすこしだけうらやましい。

 

 俺は俺の父親が株式会社ヨリシロの関連会社に勤めていることを「六角第三高校さんこう」に戻ったときそこの校長である仁科校長に間接的にきいた。

 六角市には株式会社ヨリシロに関係する会社が多くある。

 それこそY-LABと国立六角病院がそうだし市内を走るバスの会社だってそうだ。

 本当に六角市は寄白家によって助けられている。

 株式会社ヨリシロの関連会社はホワイトだから、まあ俺も恵まれてるんだけど。

 「円盤ほしいアルな~」

 「えっ、円盤? エネミーちゃん、UFO?」

 あっ、校長が食いついた。

 そりゃあふつうはそう思うか? 校長の頭に円盤がDVDやBDだなんて考えはないだろうし。

 俺が九久津に円盤の話をしときも九久津混乱してたもんな。

 千歳杉の前で俺の渾身こんしんの円盤ギャグがすべったことは忘れねー。

 こういう点は俺とエネミーの趣味は合うんだよな。

 寄白さんは藁人形の腕を封じた十字架のまたイヤリングを見ている。

 人体模型のことでも考えてるのか? 今日わりと静かだったのもそのせいなのか? ツインテールで【駅前通り】にいたときはエネミーとウェイウェイやってたから最初から元気がなかったってわけでもないんだけど……。

 

 他にも蛇のことを考えなきゃいけないしイヤリングの中に収納したいみぐのこともあるしそれで悩んでるのかも。

 なんだかんだみんなそれぞれ悩みごとは多い。

 これぞ高校生。

 だけど俺らが抱えている悩みはふつうの高校生の悩みにプラスアヤカシ関係のことだから一般の学生とはちょっと違う。

 「繰。UFOじゃないアルよ。DVDアルよ」

 「へーDVDのことを円盤っていうのね? 専門用語かなにか?」

 「そうアル」

 おいおいエネミー。

 校長をこっち・・・の世界に引っ張ってくるな。

 こっち・・・って思ってしまった。

 俺のアニメ好きが溢れた。

 

 「へ~じゃあエネミーちゃん。アニメライフ満喫してるのね?」

 「繰。満喫じゃなく、おうちアルよ」

 話がずれはじめた~。

 校長がふつうにいった単語がエネミーのヘンテコアンテナに引っかかってる。

 「エネミー。校長が今、いった満喫は楽しむって意味で茶のことじゃないんだよ」

 ここは俺が訂正しておかないと。

 直さなきゃいけないとこは早めに教える。

 昨日の病院の待ち時間のときのようにいつか本気で加湿器を楽しみはじめるかもしれない。

 ブドウジュースの紫の霧やメロンソーダの緑の霧なんかでカラーバリエーションを満喫しだしたらそれはそれは一大事だ。

 下手したらそれが最新トレンドになって世間をにぎわせてしまうかもしれない。

 そうなる前に先手を打っておかないと。

 「そうアルか~」

 と、考えてたら九久津が校長名義でグミをあげていた。

 エネミーは真野家の教育でお菓子はひとりにつき一個しかもらっちゃいけないルールだからな。

 ほんとしつけに厳しい環境だ。

 まあ、真野家は良家だから教育に力を入れてるんだろう。

 今のこのエネミーからはほど遠いけど……でも、まあその路線でのびのび育ってくれ。

 

 「エネミーちゃん。校長室に戻ってくるあいだに護衛のアヤカシを召喚しておいたから」

 く、九久津いつの間に?

 「ホントアルか?」

 「気づかなかった?」

 「わからなかったアルよ。九久津仕事早いアルな。これでぐっすり眠れるアルよ」

 エネミーの言葉じゃないけど、九久津仕事早えー!!

 でも、どこにいるんだ? とも思ったけど護衛が目立つ場所にいたらそれこそ蛇に見つかる。

 ふつうじゃ気づけない場所に召喚してるのか? あっ、エネミー眠がそうにしてる。

 四階だと神経がたかぶってたけど今校長室ここは比較的安全だ。

 それに九時も近いし眠くもなるか。

 さらに九久津が召喚した護衛がついているのもエネミーの安心材料になったんだろう。

 「エネミー。でも覚えておけ、代替召喚だいたいしょうかんのキャパは九久津が持つってことを」

 「美子。それはすごい技アルか?」

 「体力を消費するのは九久津だから」

 寄白さんエネミーに対してやけにリアル路線だな。

 でも「使者」と「死者」で自分の分身だもんな。

 

 「美子ちゃん。代替召喚って召喚術があるってことは使うために存在してるってことだから。エネミーちゃんが気にする必要はないよ」

 「私はただそういう手法で守られてるってことをエネミーに知ってもらいたかったんだ」

 「わかったアルよ」

 もしかして「使者」である寄白さん自身も九久津に護衛されてるように感じたのか?