俺の体感だけどカップ麺を待つくらいの時間で社さんからのメールが返ってきた。
けど待ってるあいだはすげー長かった。
今、俺が持っているスマホの中に俺の知りたかった答えがある。
じゃっかん緊張するな。
俺はメールを開きクリップマークのアイコンをタップした。
約十年前、社さんたちがみんなで集まっている写真が画面いっぱいに拡大された。
おっ、制服姿の校長だ、今とぜんぜん変わらない。
って今も十分若いけど。
その校長の隣には見慣れないひとりの男子高校生がいた、見慣れないけどよく見る顔に似ている。
この人が九久津の兄貴、九久津堂流!?
や、やっぱりあの恐竜のときの、いや、鵺のときの人だ。
あのとき俺に話しかけてきたのは九久津の兄貴だったんだ。
じゃあ校長のいってた顔に傷なんてなかたって話は……? どういうことだ? でも分身を使ってたっていってたからそこになにかヒントがあるのかもしれない。
九久津の兄貴は九久津と似ていてやっぱりイケメンだった。
……ん、違うな、九久津も九久津の兄貴に似ていてイケメンってことか? いやいやどのちみち兄弟揃ってイケメンじゃん。
ただ九久津よりもじゃっかん儚げかも? 九久津家ってそういう家系なのか? うらやましいぜ。
俺なんてザ・ふつうだからな。
これは社さんと校長が九久津と九久津の兄貴に惹かれるのもわかる。
写真には九久津の兄貴と校長、それに子どものころの寄白さんと九久津、社さんが写っていた。
写真を撮った場所は九久津の家のようで画像の左端には注連縄と紙垂が見えた。
こんなに太い幹はそうそうないからきっと「千歳杉」だろう。
あっ、寄白さんこのときからすでに十字架のイヤリングをしている。
下手をしたらこの歳でもうアヤカシと戦っていたのかもしれない。
このころは九久津もまだカマイタチの扱いが下手だったんだよな。
写真の右端には見切れるようにして前死者である幼な真野さんが写っていた。
全員集合ってことか。
真野さんは体の半分を横に向けていてまるでカメラから逃げているようだった。
このときからすでに世間から隠れるように暮らしていたのかもしれない。
十字架のイヤリングをした寄白さんと世界を拒絶しているような真野さん、それはそっくりそのまま当時の「使者」と「死者」の立場のように思えた。
俺は真野さんがブラックアウトした日を除いてたった一度しか会ってない。
彼女は彼女でいろんなものを犠牲にして暮らしてたんじゃないか? そんな真野さんの肩に触れるもうひとつの手があった。
きっと真野さんの父親か母親の手で真野さんが画角からはみ出そうなところを両親のどっちかが押し返している構図だろう。
社さんは俺に送ったメールにさらにもう一枚写真を添付してくれていた。
そこには真野さんの母親らしき人も写っている。
……ん? これは集合写真の失敗バージョンか。
みんなバラバラの方向を向いている。
ここに写っているみんながみんな幼馴染ってことになるのか? 写真の中に俺の知らない世界があった。
俺はこのときみんなとは別の場所でふつうの六歳をやってたんだな。
えっ、あっ、この写真に、く、九久津が三人いる? なにかのアヤカシの影響か?
「あ、あの社さん。この二枚目の写真に九久津が三人いるんだけど」
俺は慌ててスマホを耳に当て訊いてみた。
「ああ、それね。九久津くんの従兄弟で双子なの」
「従兄弟?」
「そう。でもそのふたりは能力者じゃないふつうの子よ。九久津くんと堂流くんの分家になるのかな? 名字は同じ九久津だけど」
「へ~そうなんだ」
ほんとに身内の集まりって感じだな? そっかそうだよな。
九久津にだって九久津の家系がある。
そにに分家の子どもが遊びにきていてもなにひとつ不思議じゃない。
てか九久津の従兄弟も九久津に似てるならやっぱ九久津家の血筋ってみんなイケメンじゃん!!
「二枚目の写真はさらに堂流くんの顔が見やすいかな?って思って添付してみたんだけど」
「えっ、ありがとう」
ああ、ほんとだ。
一枚目の写真よりも二枚目の写真のほうが九久津の兄貴の顔がしっかりと写っていた。
まあ、俺は鵺のときのことは断片的にしか覚えてないけど二枚目の写真で確認してみてもやっぱり鵺のときの人だった。
「社さん。俺、正直ね……」
「うん」
「社さんに質問したはいいけどこのことをぜんぶ隠せたらって思ってたんだ」
「どうして?」
「順を追って話すっていったからには順番に話すけど」
「ええ」
「最初、異変に気づいたのは前死者の真野さんと戦いのときだった。そこで俺は頭の中である言葉を聞いたんだ」
「ああ、それが堂流くんの声だったの?」
「……今、社さんに写真を送ってもらってそうだと確信した。そのときの声と写真の顔と鵺のときの声で」
「でも、どうして沙田くんの中に堂流くんが?」
「俺にはぜんぜんわからない。心当たりといえば鵺のときに九久津の兄貴は俺を一方的に見守ってたらしいんだけど……」
「じゃあそのときに堂流くんが?」
「そうだとしてもどんな理由で俺の中に九久津の兄貴がいるのかがわからない。……昨日社さんにも話したけど。俺の罹った【啓示する涙】って魔障は俺の中にいるモノが伝えたいことを伝え終えると消えるんだ」
「うん。それはきいた。ってことは沙田くんの中に堂流くんがいて、その堂流くんがなにかのメッセージを伝え終えれば【啓示する涙】は完治するってことよね?」
「只野先生の診断結果だとそうなるかな。んで、死者の反乱のときに――ときがきたら君の力を貸してほしい。って九久津の兄貴の言葉をきいたんだけど。俺はなにをすればいいのかまったくわからないんだ」
「じゃあ、なにもしなくてもいいんじゃないかしら?」
えっ? な、なんだその答え? どういうこと? なにもしない選択なんてある……のか?
「ど、どうしてそう思うの?」
「堂流くんが中にいるならきっと堂流くんが導いてくれるはずよ」
九久津の兄貴のみんなからの信頼感はやっぱりすごいな。
それは社さんもそうだけど、校長室での寄白さんも――堂流くんならいちばん最良の選択を選ぶ。っていってたな。
もちろん九久津の兄貴は校長にも九久津にも慕われている。
それは親しいからだとか身内だからだとか救偉人の能力者だからってだけじゃなくそういう人間性だからか。
「ってことは、俺はふつうに過ごしていればいいってこと?」
「うん。なにかのアクションが必要なら堂流くんが先導してくれると思うわ」
それは一理あるかもしれない。
俺は俺が主体的になってなにか行動をしないといけないと思ってたけどそうじゃない。
思い返せばモナリザのときに机をふたつ置いたのも中のやつの意思で他にもいろいろとサポートをしてくれていた気がする。
そっか、そうだったのか俺って内側からも九久津の兄貴にも助けてもらってたのか? その行動理由もやっぱり誰かをアヤカシから守護るためだろう。
それはみんながそれぞれ持っている戦う理由と同じだ。