第255話 禁断の黙示録 ―齟齬(そご)―


一条と二条とハンはなす術なくその風を見送った。 

 (これで完全なアンゴルモアの石化オブジェの完成か。ただこれって単純に考えればアンゴルモアいしに避雷針が刺さってるって状態だよな? この石に雷を落として内部からドッカ~ンで作戦終了なのか?)

 一条は石化したアンゴルモアを前にして不意に違和感を覚えた。

 言い換えれば動かなくなったアンゴルモアを前にしてすこしだけ考える余裕ができた状況だ。

 (……けどアンゴルモアの石化のタイミングとトライデントを避雷針にしたタイミングが完璧すぎる。料理の下拵したごしらえみてーな手際の良さ。――それではアンゴルモアを石で包みながら同時にトライデントくしを刺して下準備は完了です。ってか? ……なんだこの感じは?)

 「なあ二条? このタイミングが完璧だと思わねーか?」

 「ええ。思うわよ」

 (俺はまだ主語をいってねーのに。二条も感じてたか? ただ二条は会議に出席してたからここまでの綿密な作戦を知ってるはずだけど……でも、だ。この刻々と状況が変化していく場所ここでいつアンゴルモアの討伐作戦が決行されるかの的確なタイミングはわからないはず。その証拠に俺たち三人はトライデントが出現したときに目を逸らしていた。あるていどは臨機応変に動けって感じか? それは俺ら能力者の経験則にお任せいたしますってことか?)

 ――二、一。二条は誰にも聞こえないように指先のカウントを終えようとしていた。

 (ま、まさか今回のアンゴルモア討伐作戦……。影の指揮官が望具保有者セイクレッド・キュレーターって可能性は? 地上したでゴタゴタやってるバカに表向きの実権を与えて作戦のであるアンゴルモアの破壊だけは確実に成功させる。ハンがきたのも望具保有者セイクレッド・キュレーターの推薦?)

 一条がハンを一瞥すると、ハンはハンで二条の一挙手一投足を窺っていた。

 (まあ、それって正直、俺らにとってはプラスの行動だけど。現実問題アンゴルモアの討伐作戦を開始してから俺らに求められるものは作戦を遂行する手際の良さだ。アンゴルモアを石化させて避雷針を刺し雷で破壊するという流れ作業。……ん? アンゴルモア討伐の実行部隊ってアンゴルモアをメデューサの盾で石化させたハンとトライデントを刺した望具保有者セイクレッド・キュレーターそれにこれからのアクションを起こす二条とアンゴルモアの破片を各国の送る俺。やっぱりこの作戦を指揮まわしてるのは望具保有者セイクレッド・キュレーターっぽいな。ハンは望具保有者セイクレッド・キュレーターじゃねーけど望具保有者セイクレッド・キュレーターとはそこそこ近い距離にいるって考えるのが妥当だな……)

 「ゼロ。その完璧・・に私が花を添える。今、ここで」

 二条はアンゴルモアの上空でオゾン層のようにぽっかりと開いている碧空へきくうに手を掲げた。

 二条の手からはテスラ電流のように稲光いなびかりが放出されている。

 指先と指先のあいだからバチバチと火花が飛び散っていてその手に触れるだけで感電してしまいそうだった。

  {{超高層雷放電スプライト}} 

 「いけー!!」

 トライデントの柄の上で雷鳴が轟き稲光が煌いた。

 「く」の字が縦にいくつも連なったような稲妻が空の奥で何本にも枝分かれしている。

 それらがひとつに集まり太い電流となって寸分の狂いもなく一直線にトライデントに落ちた。

 

 (さすがだな。あれでアンゴルモアは内部から破壊される。あとは飛んでくる破片を五味のおっさんの計画通りの位置に送る。送ったあとは各国のアヤカシ対策の部隊がアンゴルモアの破片かけらの処理にあたる。これでアンゴルモアの討伐作戦は完了だ)

 

 二条の落とした超高層雷放電スプライトはトライデントの柄を伝い下へ下へと流れていった。

 だがトライデントの持ち手三割のところでひとつの大きな稲妻の塊となって留まっている。

 時間にすれば一秒にも満たないほどの出来事だが超高層雷放電スプライトはアンゴルモアの全身に行き渡る前に動きを完全に止めてしまった。

 (ん?)

 超高層雷放電スプライトの火球のように丸いエネルギーの塊が徐々にトライデントを上がっていく。

 雷は見えない力によって上へ上へと押し返されているようだった。

 (どうしたんだ?)

 『なにかおかしいな?』

 ハンもその様子に気づいた。

 「ああ」

 一条がそう返し二条へと目をやると二条は手を差し出したまま困惑の表情で立ち尽くしていた。

 二条の指先からはいまだに電気がパチパチと爆ぜている。

 巨大な電気の塊は引力に逆いトライデントの柄を目指して急激に上っていった。

 (ぎゃ、逆流だと? アンゴルモアの防御力か? いや、いまやアンゴルモア全体が石になってるんだそれはねー。じゃあなんで?)

 火球のような電気の塊は生まれた場所に帰っていくようにトライデントの柄まで戻りそこから空の彼方へと飛んでいった。

 「だ……」

 二条は一言だけそういうとつぎの言葉に詰まった。

 

 (二条あいつの能力は気象攪拌者ウェザー・マドラーだぞ。なにがあったんだ?)

 「め……だ……」

 さらにそう一言つぶやき言葉を切った。

 「二条。どうした?」

 「……最上級の望具であるトライデントに対して私の雷じゃ弱すぎる。鉾先ほこさきまで通電しない。ううん。どころかトライデントの柄からすこし進んだ場所で止まってしまった」

 言葉に狼狽うろたえのニュアンスが混ざっていた。

 「マジか?」

 「……ええ」

 二条が口ごもる。

 

 {{超高層雷放電スプライト}} 

 

 二条はそれでもさいど同じ技で雷を誘う。

 (二条がこんな真顔でやべー表情をするのはあんま見たことねー。いようで・・・・短い・・つきあいで何回かあったかないかだよな。ってことは必然的に事態は切迫してるこってことになる。トライデントなんて最上級の望具を使ったことが裏目に出たんだ。まさか電流が押し戻されるとはな……)