第267話 朝の四階


 さらに踏み込んだ話になりそうだったから俺と寄白さんはとある場所に移動することにした。

 廊下から引き返してL非常階段までいって重い扉を開く。

 さらに中にあった「防火扉」と書かれた鉄製の門扉のハンドルに手をかけ右に数回、左に数回回転させる。

 壁の奥からはいくつもの歯車がギィギィと噛み合う音が聞こえてきた。

 最初のころはここにくるたびに緊張してたけど、俺ももう転入して一ヶ月半、慣れたもんだ。

 ――カチャっと開閉音が鳴った。

 そういえばこのハンドルって能力者に反応して開くんだったんだよな。

 

 傾斜のきつい螺旋階段を上っていく。

 そのたびにコツンコツンと靴音が響いていった。

 今日はいつもより早く登校したから朝のホームルームまでかなり時間がある。

 俺も山田も寄白さんにすげー早くに呼び出されたわけで他の学年や別のクラスの生徒もまだほとんど登校してきていない。

 ってまあ、あいつが妖精に寄生されているという事情を知った今では別の視点で見てしまうけど。

 結果的に寄白さんと社さんがやろうとしていることは山田の救出だろう。

 九久津をふくめてみんな市民を守るために戦っている。

 寄白さんと校長が「保健だより」であんな騒いでたのだって山田を救うため……ほんと頭が上がらねー。

 俺はあらためてみんなのことを思いながら階段を上がっていく。

 暗闇の階段を上っているけど開放能力オープンアビリティの夜目が発動してるいから視界はふつうだ。 

 「寄白さんは山田が校長のストーカーなの知ってたの?」

 

 「当然」

 「いつから」

 「雛にきいた話じゃ全校集会のときにオチたらしい」

 

 山田、なんて高嶺の花を狙ったんだ。

 やっぱり昨日のバスの時点で教えてくれてもよかったのに。

 

 「マジ?」

 「ああ。山田は定期的にお姉注意されてはしばらく静かになりそれに耐えられなくなりまた行動を起こす」

 

 常習犯だな。

 けど一定期間静かになるって定期サブスクストーカーかよ!?

 

 「ただ私と雛にとっては山田がお姉に熱中してるときじゃないと妖精の動きを探れない」

 だからか。

 「かといって。山田が静かなときにお姉にいけ。とけしかけるわけにもいかない。だから山田が自発的に動くのを私と雛は待ってたんだ」

 

 山田は放牧されてたんだ? そしてついに校長への欲求が爆発して行動を開始したってことか。

 

 「ただ残念なことにお姉は山田の好意にあまり気づいてない」

 

 たぶん眼中にないんだよ。

 だって校長はこれはまあ俺のなかにいるのになんだけど九久津の兄貴以外に関心がないんだから。

 

 「そっか。てかさ寄白さんも社さんも山田から妖精を追い出すのが目的なんでしょ?」

 「当然。体のなかにアヤカシがいるのに放ってはおけないだろ」

 やっぱりか。

 螺旋階段を上り終えて四階につくと朝だからなのか新鮮な感じがした。

 ここから外の様子がわかるってわけじゃないけど体内時計がそういっている。

 この時間は当然、七不思議はひとつも発動していない。

 やつらは日本の学校の「学校の七不思議」の舞台に棲んでいて活動時間はだいたい夕方から明け方まで。

 夜の昆虫と同じでやつらの動きがいちばん活発になるのは午後八時くらいからかな? 昨日、俺らが亜空間を使って四階にきたのも八時近くだったっけ? 寄白さんは、今日の呼び出しでも俺になんだかんだ教えてくれてるって実感できた。

 ふつうにいってくれればいいのに……ってそれをいわないのが寄白さんなんだよな。

 今、四階はすげー静かだ。

 まあ、三階から下もほとんど生徒がいないんだから校舎自体が静かだと思うけど。

 ただこの廊下には壊れた美術室のドアも転がっているし社さんの厭勝銭ようしょうせんも散らばっている。

 昨日俺が学校に一度戻ってきたときに校長が頭を抱えてたくらいだからいまだに四階をどうするか悩んでるだろうな。

 

 俺はふとがら空きの美術室をのぞくと藁人形の腕が仕込まれていたモナリザがあった。

 ブラックアウトした状態を知ってる身としてはやっぱり不気味で怖えーよ!!

 そういや美術室の入り口を意図的に塞ぐために九久津が召喚した野衾のぶすまってアヤカシも九久津の兄貴の記憶っぱいな……。

 俺はつぎに音楽室をのぞいてみる。

 朝だから一般的なただのピアノがあるだけだ。

 ふと寄白さんを見ると真野さんとの戦いのあとによしかかっていた場所の近くの壁にもたれていた。

 

 俺はあれからずいぶんいろんなことを知った。

 あのときは忌具のことも知らなかったし魔障のことも知らなかった。

 「アヤカシ」と「忌具」と「魔障」は俺ら能力者が知っていなければならない三本柱だろう。

 

 「さだわらし。ここにくるあいだに思ったことだけど。妖精の鋳型生成には不可侵領域の負力が関係しているのかもしれない」

 「えっ? どういうこと?」

 「世界中の負力が不可侵領域に流れてきてるなら妖精の鋳型もその影響を受けてるのかもしれないってことだ」

 「ああ、なるほど」

 「だだ……」

 「ただ? なに」

 「私のその考えが正しいとしたら鋳型生成の途中の段階で負力の種類によって鋳型が変異するのかもしれない」

 ああ、だからティンカー・ベルのような妖精の姿からあんな怪物っぽい妖精の姿になるかもしれないってことか、でも……。

 「そ、それってアヤカシの起源が崩れるんじゃないの? だって鋳型ができてから負力で性格やなんかが決まるんだよね?」

 「資料は正しいはずだ。ただジーランディアというところから流れてきている負力。それが化学物質のような作用を与えれば鋳型ごと変形させてしまうかもしれないってことさ」

 「まあ、不可侵領域って場所自体が謎だからそれはあるかもね?」