繰は午前零時を越えてもまだ仕事をつづけていた。
それでも容赦なく時間は過ぎていく。
(ここのところ寝不足だから早く寝なくちゃとは思うんだけどなかなか、ね。明日も、ってもう今日だけど、そのまま学校行きか)
繰は眠そうにしながらマウスでブラウザのタブを切り替えた。
(NASDAQも下がってきてる。でもこの売り圧力なんだろ? まだ被害が出てるわけじゃないのにアンドロメダでここまで下がるかな?)
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ああ、眠てー。
どなたか本気で朝の眠たさと夜の眠れなさを交換する道具を発明してください。
俺は昨日エネミーと『中華ファンタジー・異世界ガンマン』の話題で盛り上がって、またもや寝不足だった。
にしても、エネミーのやつ俺が寝落ちするまで啓清芒寒の意味を教えないとは……。
けど明後日、社さんと一緒に「六角第一高校」にきてネタバレ(?)するらしいから俺はそれまで啓清芒寒の意味を調べずに待っていることにした。
そもそもネットでも調べても出ないらしいし。
「使者」と「死者」が「六角第一高校」に集合しても、ふつうの生徒は知らないんだよな~。
てか啓清芒寒ってますますなんなんだ? 続編作りまくったあげくリブートしてこれはいったい何作目なんだってくらいわかんねー。
続編で2を使うなら数字の法則だけは残してくれ。
とりあえず洗面所で顔を洗おう。
一階に下りるとリビングからテレビの声が漏れてきていた。
――SDGs。国連の持続可能な開発目標ですね。
おお、いま流行りのSDGsか。
これは明るい未来が待ってるはずだ。
十七個の目標を達成したときに世界はどうなってるのか? アイコンが十七個並んだ中に一枚「GOALS」ってのがあるんだよな。
なんで十七なんて割り切れない中途半端な数にしたんだろう。
ニュースの構成が緩やかに変わっていくと今度は六角市のニュースに変わった。
俺はいつのまにか廊下で聞き耳を立てていた。
コンビニ店員が高額の電子マネーを買おうとした高齢者に電子マネーを売らなかったらしい。
――メモの中に”延長代金”という文字が見えましたので、本当になにか延長したのか訊き返したんですけど返事が曖昧で。
詐欺を未然に防いだんだ。
――ただ、お客さんに物を売らないのは賛否はあると思ったんですけど、勇気をだして売りませんでした。
正しいことをしてもきっと批判をする人はいるだろう。
俺はチラっとテレビのほうをのぞく。
コンビニ店員が警察署で表彰されていた。
六角中央警察署で撮影したみたいだ。
けど朝から、いいニュースだ。
なんとなく頭もすっきりしてきて、俺はようやく洗面所に向かいはじめた。
――みなさんの真心、お待ちしています。
おっ!?
俺のうしろでそんな声がきこえた。
昨日から解禁されたと思われる啓清芒寒の献血CMがもうヘビロテ(?)されてる。
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バスの中で寝ていると運転席のうしろで天上から吊るされている液晶テレビがそれを許さなかった。
――ニューヨークダウけっこう下げましたね。
うつらうつらというより、けっこう本気寝していた眠気がいっきに飛んでいった。
か、株が暴落してる(?)、が、それが俺の生活に直接関係があるのかはわからない。
校長って社長業もやってるんだからつねに株価を気にしないといけないんだよな~。
あれ? でもこれってニューヨークっていってるからアメリカじゃん。
日本関係ねーし!!
よく考えたら校長だって夜中は寝てるよな。
ずっと株のことなんか気にしてられないか。
このニューヨークダウは校長とあんまり関係なさそうだ、よし、もう一回寝よう。
――ガイヤーン!! ただただガイヤーン!! なんにせよガイヤーン!! それでもガイヤーン!!
朝からガイヤーンのCM。
しかもフレーズ一個、増量中。
「美味しそう」
乗客のなかの誰かがいった。
たしかにあれは美味かったけど。
※
俺は昨日とは違いふつうの時間帯に登校した。
まあ、当たり前だ。
今日は寄白さんに呼び出されたわけじゃないし。
朝のホームルームで鈴木先生はいつもどおりに出欠確認をしている。
鈴木先生は昨日俺が校長室の更衣室に隠れていたことは知らない。
結局、鈴木先生はアヤカシのことをなにひとつ知らなかった。
ついでに株の売買方法もなにも知らない先生だ。
ニューヨークダウのことを訊いてもよくわからないだろう。
逆をいえば俺はまた鈴木先生の歴史雑学を楽しめるってことでもあるけど。
……けど校長には悪いことをしてしまった。
なんせ俺はなんの意味もない情報を校長に伝えてしまったんだから。
たしかに車は高い買い物だけど人生の中で何回あるうちの高価な買い物があのSUVだっただけだ。
――はい。
出席番号のいちばん最後の生徒の返事がした。
「よし。出欠確認終わり。みんな。今朝のニュースを見た人いるか?」
ニュースっていたって話題がたくさんあるけど、ま、まさかニューヨークダウのこと?
――なんのことですか?
誰かがそう訊き返した。
「詐欺を止めたコンビニ店員の話だ」
おお!!
あれか。
「彼は、なんと」
鈴木先生はそこで言葉を溜める。
「先生の教え子だ!!」
おー!!
そうだったんだ。
「生成の自慢だな。これでも先生には今まで数百人の教え子がいる。まあ、ここにいるみんなが最新の教え子ってことになるんだけど」
甲高い声が教室を抜けていく。
よく考えればそうか。
鈴木先生はそういいながら首元のチョーカーを直していた。
「先生は今でも卒業していった生徒ひとりひとりのことを覚えてる。ニュースのような教え子は先生にとっても誇らしい卒業生だ」
ですよね~。
「当時のことを振り返ってもクラスのひとりひとりの生徒が目に浮かんでくるな。それぞれに個性があって好きなものがあって、この子たちはどんな大人になっていくんだろうと思いながら授業を教えてた。いまのみんなを見てもそう思うけどな。あっ、ホームルームも、もう終わりの時間だな。じゃあ日直よろしく」
――はい。
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