第290話 多忙 


アスを送りだした只野はふたたび診察室に戻り、カーテンのうしろから沙田を診察たときに使ったホワイボードをガラガラと転がしてきた。

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 ・まず能力者になると身体能力が飛躍的にアップする。

 

 (格闘家、ボクサー、レスラー、スプリンター等々、さまざまな分野のプロが出す最大値と同等の力を自在に使いこなせるようになる。ただし能力者それぞれの資質によって俊敏性がいちばんだったり、筋力がいちばんだったりする)

 ・能力者の極限の集中状態はゾーンと呼ばれる。

 ・星間エーテルは「魂」そのもの呼び名のことでもある。

 ・命の危機を感じると、自己防衛のために星間エーテル(魂)が抜け出すこともある。

 (それを条件反射でコントロールできる能力者もいるらしい)

 ・星間エーテルが肉体からの開放された場合そのまま消滅するものもあれば宙を漂いつづけるものなど過程はさまざまで仏教用語の※中有ちゅううと呼ばれる状態を維持する。

 

 ※四十九日しじゅうくにちで転生するという意味ではなく魂が浮遊しているということ。

 ・信託継承は星間エーテルによるもの。

 

 ・星間エーテルは希力や負力と性質が近く星間エーテルとも結合する。

 

 ・希力が強いと星間エーテル、つまり魂が清くなる。

 ・負力が強いと星間エーテル、つまり魂がけがれる。

 

 ・希型星間エーテル(希力の量が多い星間エーテルのこと)

 

 (歴史上の救世主メシアとして扱われる人物の転生体は希型星間エーテルを宿していることが多い)

 ・負型星間エーテル(負力の量が多い星間エーテルのこと)

 

 (歴史上、悪名高い独裁者などの転生体は負型星間エーテルを宿していることが多い)

 ・転生のパラドックス

  過去がどんな偉人でもどんな悪人でも、転生後の時代によっては改心や心変わりがある。

 ●星間エーテル移動(外側)

 ・負型星間エーテルが人の外側にまで及ぶと=呪縛、怨念などとなる。

 ・希型星間エーテルが人の外側にまで及ぶと=守護霊などとなる。

 ●星間エーテルの移動(内側)

 ・信託継承はこの現象によるもの。

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 ホワイトボードには横三列にわたって只野がマジックで書いた手書き文字が残っている。

 (……僕が能力者とは?なんて講釈を垂れても僕にはその能力者の体調を実感することはできない。いや、一生できないだろう。結果的に入禁地にゅうきんちに足を踏み入れていて罰当たりになったことが契機きっかけだけど……非能力者でも総合魔障診療医になることを諦めなかった)

 「只野先生、時間はかかるかもしれませんけど。アスちゃん、きっと大丈夫ですよね?」

 看護師もふたたび診察室に戻ってきた。

 「人はいちど転ぶと強くなるから。若いうちにそれを経験しておくとあとで楽だよね。経験値があると比較もできるし。アスちゃんもこれからはちょとやそっとじゃダメージ追わないはず」

 「ですね。葵ちゃんの人面瘡の剥離も間近ですし。もう、患者さん、みんな全員笑顔になって帰ってもらいましょうよ?」

 「うん、そうだね。葵ちゃんは人面瘡じんめんそうの根の収縮状態もいいし」

 「あら、このホワイトボードって沙田くんのときのですか?」

 「そうだよ」

 ――失礼します。

 診察室の前の入り口から、あきらかに患者とは違うトーンの声がした。

 「はい」

 「只野先生、鑑定結果持ってきました。すこしでも早いほうがいいかなと思いまして」

 右胸と右肩に”YORISHIRO LABORATORY”というロゴの入った白衣をきた中年男性が診察室に顔をのぞかせた。

 「ああ、葵ちゃんの?」

 「そうです」

 「ありがとうございます」

 只野が手にしたのは『Y-LAB』のロゴと署名の入った一枚の封筒だった。

 只野はおもむろに机のいちばん上の引き出しを開けて、はさみをとると丁寧に封筒の頭を切って中身をだした。

 

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 土壌成分 含有地域 :六角市 南町全域

 土壌成分 含有地域 :西町、一部地域

 土壌成分 含有地域 :東町、一部地域

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 その文のあとに六角市の地図があって赤く塗られた箇所が見てとれた。

 「ああ、これって葵ちゃんのですか?」

 只野の持つ紙を見ながら看護師も話に加わる。

 「そう。葵ちゃんの人面瘡じんめんそうは擦過傷経由での感染だから。人面瘡じんめんそうたねがどこにあったのかなと思って。多くは場合は風に希釈されて飛散して消えるんだけど」

 (……雛ちゃんが産女の色恋の混乱アンテロース・コンフュージョンを受傷した廃工場の端材置き場もこの地域内にあるのか)  

 只野の指先は半年前に九久津と社が”うぶめ”のキメラタイプを退治した地図の上で止まっていた。

 「あれ、この廃工場……」

 「なにか?」

 只野が、Y-LABの職員の言葉に目を細めた。

 「いや、寄白社長からここで見つけた動物の毛の鑑定依頼がきてたな、と思いまして」

 「ここに落ちてた、動物の毛?」 

 「はい、まだ結果は出てないんですけどね」

 「そうですか。あっちはあっちでなにか調べてるんですかね?」

 「でしょうね」

 「六角市にだって野生の動物くらい棲息ますよね?」

 看護師の言葉と同時に只野のPCから甲高い音が響いた。

 (……ん? なんだ)

 只野がマウスに触れるとすぐディスプレイに光が戻る。

 そのままポップアップのメッセージをクリックするとそこには厚労省からいっせいに配信されたメールがあった。

 【世界の十数か国で魔獣型の妖精が大量発生しています。ご注意ください】

 (魔獣型の妖精……人の好奇心を増幅させ場合によっては脳の中枢をも支配する【寄生妖精パラサイト・フェアリー】。免疫機能が強いと自然排出されることもある。ただここは日本、魔獣型の妖精の鋳型は生成はされにくい……ただ、注意するにこしたことはない、か) 

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 九久津はエレベーター前でスマホの電波が入るところを探り当てた。

 

 (ここなら、大丈夫)

 すばやく「き」と入力して、つづけて「しゅぶっしん」っと打っていった。

 「鬼手仏心」

 ひらがなが漢字に変換され、ネットの辞書がその四字熟語を探し当てた。

 

 (きしゅ。鬼の手で”きしゅ”か、”ぶっしん”は仏の心)

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 【鬼手仏心】・・・きしゅぶっしん

 ・外科医は手術のときに残酷なほど大胆にメスを入れるが、それはなんとしても患者を救いたいという温かで純粋な心からである。

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 (誰かを傷つけてるやつがすべて危害を与えてわけじゃないってことか。誰が敵で誰が味方か見誤るなってことの忠告かもしれない。俺の黒い血どくは鬼の手になれるか?)

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※ 

現在、只野は国立六角病院のVIP専用のフロアで回診に向かっている途中だった。

(【仮死アスフィクシア昏睡コーマドーシス】、九条先生が担当している市ノ瀬さんはいまだに目覚めず。六角第四高校は工事中で校長が常駐していなければならないわけじゃないから、それがまだ救いか)

 只野はふたたび歩きはじめる。

 「雛ちゃんは、っと」

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