第293話 猿(サル)+狸(タヌキ)+虎(トラ)+X=上級アヤカシ


 あの端材置き場は人気もないし草木も多かった。

 六角市の南南東で守護山の麓も近いし奥にいけば猿くらいはいるかもしれない。

 地元のニュースで監視カメラに映った狸の映像を見たことがあるから、狸は棲息そうだな。

 ただ、問題は黄色い動物の毛。

 そう、虎だ。

 なぜ、虎の毛が落ちてる? 虎がその辺散歩してますか? 虎散歩とらさんぽ

 「校長、猿と狸の毛なら、まあ、落ちてても不思議じゃないと思うんですけど虎の毛は?」

 「さあ、どうしてでしょうね? 虎なんてそのへんにいるわけないし。そもそも日本に野生の虎は生息してないのに」

 

 「ですよね?」

 「動物園かしら? にしても動物園から逃げだしていたなら大問題だし」

 「まあ、日本でもときどき動物園からなんかの動物が逃げだしたってやってますけど、さすがに虎が逃げたら世間で大騒ぎしてますよ」

 「そうね。それがほんとならSNSでも拡散されてるわよね」

 「飼育員があの端材置き場にいたとかですかね? でもあの毛の量は、ちょっと服についてましたって量じゃないですよ」

 「たしかに服なにげなく付着いていて、あそこに落ちたって感じじゃないわね」

 

 「はい」

 猿に狸に虎か。

 う~ん、猿、狸、虎ね。

 俺は呪文のようにそれを何度も繰り返した。

 サル、タヌキ、トラ。サル、タヌキ、トラ。サル、タヌキ、トラ。

 サ、サル、タ、タ……ヌキ。

 ト、ト、トラ……って、えっ? とたんに悪い予感がした。

 そ、それって、いや、でも、だって、その組み合わせはそれしかない。

 そうだ、間違いない。

 その三種類にもう一匹ある動物を足せば、それはまぎれもなく上級アヤカシ。

 尾が蛇なら、四体の集合体はぬえと呼ばれるアヤカシになる。

 

 「ぬえ。こ、校長、それって」

 「さだわらし。あまいな」

 いまだ『保健だより』の構想を練っている寄白さんが指を立てた。

 そのジェスチャーは、違うってこと?

 「沙田くん。美子のいうとおりよ」

 こ、校長も、じゃあ俺の意見は間違いってことか、なんで?

 「仮に鵺の毛が落ちていたとしたらY-LABがだす鑑定結果はぬえ。上級アヤカシの退治判定っていうのはそういうことだから」

 そっか。

 鵺はあくまでという上級アヤカシの個体として存在してるんだ。

 今回、俺が思った鵺というアヤカシはサル、タヌキ、トラ、ヘビという四体が集まった外見上の一致だもんな。

 今回のそれぞれの動物の毛の鑑定結果が「猿」「狸」「虎」という別の動物のDNAだったんだから、あの毛は「鵺」のものじゃないってことになる。

 それに鵺は十年前に意識がないままの俺がツヴァイで退治してるんだから。

 上級アヤカシの出現率から考えても鵺の鋳型が造られるには早すぎる。

 

 「でも、気味悪いわね? その動物が揃うと鵺になるって、まるでなにかの暗示のような……」

 校長のその言葉はいやでもわかる。

 でも預言の書でもあるまいし。

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 【黙示録もくしろく~終わりの始まり~】

 終焉しゅうえんの足音が響く刻

 天空より舞い降りる 白き衣をまといし 双翼そうよくの者

 絶望をはらんだ黒き魔獣は咆哮ほうこうの果てに漆黒しっこくの化身となる 

 だがそれも聖なる御剣によってしずめられる

 白き衣の者は最後の“ひとつ”となる

 矮小わいしょうなその手に矮小わいしょうな球体を持って消え行くのみ

 猫はただ透明な水に両目を塞がれた

 そして始まる百花繚乱ひゃっかりょうらんの“終焉しゅうえん

 灰色の叢雲むらくもが世界を覆うだろう

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 俺はなぜかいつも頭の片隅ににある預言の書を思いだした。

 なんとなく――絶望をはらんだ黒き魔獣は咆哮ほうこうの果てに漆黒しっこくの化身となる。って一文は一致しないでもないけど。

 

 でもそうなっても――天空より舞い降りる 白き衣をまといし 双翼そうよくの者、に聖なる御剣によってしずめられるんだよな。

 けど――百花繚乱ひゃっかりょうらんの“終焉しゅうえん”ってそれはあっちこっちで終焉おわりが始まるってこと? 世界中で、か?

 「だな」

 寄白さんもそれには同意している。

 「なによりその場所は”うぶめ”のキメラタイプが出現した場所」

 寄白さんの十字架のイヤリングが揺れた。 

 そうなんだよ。

 あの端材置き場って社さんが半年前に大怪我した場所。

 校長は自分のスマホでネットを使って六角市の地図を表示している。

 そのまま画面をスライドしたりピンチアウトしたりしてあるところで急に手をとめた。

 

 ――みずち。

 と、いったまま画面をながめている。

 みずち?

 「それってアヤカシですか?」

 「そう。私と堂流が、いいえ、堂流が退治した魔獣型のみずちとゲルのように浮遊している水霊みずちのキメラタイプのアヤカシ」

 そ、そんなことがあったんだ。

 「それが。みずち」

 「そういう種類のアヤカシがいたんですね?」

 俺はまだまだアヤカシの種類には詳しくないな、でも、今ので覚えた。

 「ええ」

 鵺も顔が「猿」、胴体が「狸」、手足が「虎」尾が「蛇」の集合体と考えた場合は、外見上はキメラだよな。

 「キメラ」の語源は「キマイラ」で、キマイラはライオンの頭と山羊の胴体、毒蛇の尻尾を持つもの。

 ここでスマホゲームの知識が役に立つとは。

 ああ、でも、いつものように浮かんでくるのは、やっぱりあいつの存在か。

 校長はスマホ画面をまた操作しはじめた。

 「なんだろ。やっぱりなにか作為的な。みずちも六角市の南南東に出現してるわけだし。うぶめのキメラタイプが出現した場所も近い」

 今、校長は”みずち”は堂流が退治したといった。

 ってことは九久津の兄貴が生きてるころのできごと。

 その”みずち”が出現してから、社さんを怪我させた”うぶめ”のキメラタイプが出現するまで約十年の開きがある。

 また十年か。

 只野先生の処方してもらった目薬の効果なのか、最近、俺のなかで九久津の兄貴を感じなくなってきてるし。

 

 「その出来事って」

 

 俺がそういった瞬間――憶測だろ。寄白さんに遮られた。

 「雛にとっては思い出したくない場所。だから簡単にViper Cageアプリに追加はさせない」

 寄白さんはまるで社さんを傷口を覆うガーゼのようだった。

 俺がいおうとしたことを先回りして塞いだ。

 こういうところが好きなんだよ、あっ、いや好きは、違うくて、仲間思いなところが、尊敬。

 「えっ、ああ、そっか。にしても寄白さん、俺がいおうとしたことよくわかったね?」

 「下僕の考えなどすぐにわかる」

 そうだった、俺は寄白さんの下僕だった。

 俺はひっそりと【Viper Cage ―蛇の檻―】のアイコンをタップした。

 

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 【寄白繰】:

 ・1、蛇は真野絵音未を唆したかもしれない。

 ・2、蛇は人体模型をブラックアウトさせたかもしれない。

 ・3、蛇はバシリスクを操っていたかもしれない。

 (バシリスクは不可領域を通ってきた)

 ・4、蛇は日本の六角市にいるかもしれない。

 ・5、蛇は金銭目的で暗躍しているかもしれない。

 ・6、蛇は両腕のない藁人形(忌具)を使って、モナリザをブラックアウトさせたかもしれない。

 ・7、蛇は二匹(ふたり)いるかもしれない。

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 スマホの画面に校長が最後に書き込んだ画面が広がっていった。

 でも、俺にはどうしてもキメラタイプのアヤカシが無関係だなんて思えなかった。

 鵺、ツヴァイが鵺を瞬殺したことさえも蛇の仕掛けた罠だったんじゃ? そんなことが頭を過る。

 そして校長室の壁の時計を見た寄白さんに促されて、俺は寄白さんは四階に向かう。

 ※

 動物の毛がなぜあの端材置き場にあったのかわからないまま俺らは「六角第一高校いちこう」の四階についた。