第302話 「水鏡の虚像」と「影のドッペルゲンガー」


「じゃあこれからのことを詳しく説明するわね?」

 「うん」

 「沙田くんが見る予定のスーサイド絵画の虚像が右に動けば実際は左に動いている。反対に鏡のなかでスーサイド絵画が左に動いていれば右。ただし上下と後方への動きは沙田くんに直接影響がないから鏡と同じ動きよ」

 「りょ、了解」

 と答えたもののじっさいおれはスーサイド絵画の動きに対応できるのか? けっこうややこしいぞ。

 社さんがこんなふうにしてくれたのはスーサイド絵画が右に動いたときにおれも右に動けば真正面でスーサイド絵画を見てしまうかもしれないからだ。 

 左にいったときもそれは同じ。

 スーサイド絵画が後退がったときに実際後退してるなら前進してきたときも前進だよな?  おれとスーサイド絵画との間合いを考えてくれてるんだ。

 能力者とアヤカシが戦うときに、それぞれの距離感がある、それが間合いだ。

 接近戦が得意なやつもいれば、遠隔戦が得意なやつもいる。

 スーサイド絵画こいつの間合いは近距離、いや、さっきの伸びてきた手のことを考えると中距離かもしれない。

 スーサイド絵画が右に動いたときに俺が左から回り込めば額縁の側面がおれの正面になる。

 間合いとしてもそれくらいの安全圏は確保したい。

 反対も同じ理由で、社さんは虚像を作ってくれたんだ。 

 ただスーサイド絵画は物理的なダメージの攻撃はしてこない。

 どっちかっていったら幻覚とかで惑わせる攻撃。

 

 社さんに目をましてもらってなければ、俺は……。

 考えただけでもゾッとする。

 やっぱりこの絵はヤバい。

 

 「私には影縫かげぬいって技があるんだけど、この暗さと高さじゃスーサイド絵画の影を縫えないの」

 その技を使えていればスーサイド絵画の動きを止められたのか? 止まっていれば、それはイヤリングに収納するのも楽だよな。

 まあ、自分に有利にならないのが人生ってもんだ。

 その女の人もきっとそうなんだろう。

 やっぱりすべての点でここの立地は不利だ。

 「というより、そもそもスーサイド絵画に影がない」

 「そ、そうなの?」

 「ええ。まさに闇属性ってことね」

 闇属性、ま、またもやエネミーの好きそうな言葉が。

 エネミーといえば飛翔能力、おれが浮いてるのは飛翔能力なのか? いや、エネミーは飛翔能力だけど、ドライ本体おれから抜けでたんだからドライ自体の能力じゃない。

 でもツヴァイドライは浮くことができる。

 {{六歌仙ろっかせん在原業平ありわらのなりひら}}={{氷}}

 社さんが弦の上で放った人型の半紙があたりに舞う、そのまま氷の式神しきがみとなって強烈な冷気を漂わせていた。

 冷凍庫で作った濁った氷のようだった式神の体はヤスリかになにでピカピカに磨いたように、だんだんと透明になって本物の鏡みたいになった。

 その鏡たちは立てこもりのときの機動隊が持つ盾のようにしてスーサイド絵画の周囲を距離をあけて取り囲んでいた。

 社さんはいろんな反射の角度を計算してくれてるんだろうけど、なんとなく万華鏡をのぞいてるようで本体おれの目が錯覚をおこしてるようだった。

 スーサイド絵画がそこらじゅうに映ってるってわけじゃないのにどの位置の鏡を見ていいのかわからない。

 思った以上にムズい。

 ゆっくりだけどおれの右斜め奥にある鏡の虚像のスーサイド絵画が動きだした。

 スーサイド絵画が左にいったってことは、じっさいは右に動いてるってことだよな。

 でも式神の鏡の中に映ったスーサイド絵画が別角度の鏡にも映ってる。

 右斜め奥にある鏡と対角線上にある鏡にスーサイド絵画が映りこむのはしょうがない。

 くそっ、でも本体おれの頭がもう混乱してる。

 スーサイド絵画の虚像が左にいったってことは、じっさいのスーサイド絵画は右に動いてるってことだよな? 結局、右に進んでたスーサイド絵画がいったん止まって、また右に動きだしただけ、か。

 ああ、だめだ。

 まさか闇夜ではっきり見える夜目が裏目にでるとは……見えすぎて逆に惑わされる。

 しかもこんなことを考えてる時点ですでに遅れをとってるってことだ。

 スーサイド絵画が動いたと同時にスーサイド絵画の真逆にいかないと。

 右に移動してたものが、すこし止まってまた右に動いただけでこんなに頭使うとは。

 ま、また、動きはじめた。

 今度は上か、上は上のままでいいんだ。

 だからじっさいのスーサイド絵画はおれの右側にあって今、上昇している最中。

 スーサイド絵画を囲んだこの状況は絶対的に俺らに有利なのに、ぜんぜんわからん。

 「社さん、その式神たちでスーサイド絵画を覆うとかって無理?」

 「覆ったところで内包状態をいつまで維持できるか。それに覆った状態で美子のイヤリングを持って近寄っていっても、どの方向からスーサイド絵画が飛びだしてくるかわからないわ」

 「なるほど」

 ひとつ疑問。

 スーサイド絵画って俺と社さんの会話は聞こえてるのか? さすがにこの距離の会話はきこえないか。

 俺らの動きは見えてるようだけど、いや、見えてないまでもおれの動きは把握してる。

 さすがに俺の心のなかはわからないだろうけど。

 念のため思ってることと思ってないことを混ぜてみる。

 「六角第一高校いちこう」の四階のピアノってどうなんだろう? 種類的にはスーサイド絵画に近いような気が。

 スーサイド絵画が目の前にある、あるいは居るモノの動きを把握できると仮定すれば絵の正面が視覚になる。

 裏は死角?

 こんなときアニメならどうやってこの危機から脱するか? なにかヒントがあるはずだ。

 『中華ファンタジー・異世界ガンマン』あれは一話で打ち切りで参考にならない。

 あっ!?

 あった。

 「そ、そうだ、ニオイ、ニオイだ」

 おれは声にだしていった。

 スーサイド絵画にニオイをつけて、目をつむって嗅覚をたよりにドライで十字架のイヤリングに収納する。

 社さんは意味不明な俺に一瞬、顔をしかめた。

 こ、これだ、この方法しかない!!

 ついでに俺にはニオイをつける方法もない!!

 

 思考で出オチするとは。

 現実は厳しいな。

 制服のなかに香水でも入ってないか?って、そもそもスーサイド絵画にニオイをつけられるなら、そのタイミングでおれが持ってるイヤリングに収納しろってことだし。

 二度手間、戦闘たたかいでいちばんいらないことだ。 

 やっぱり虚像の動きに適応するしかないな。

 でもなんせこれは苦手だ。

 九久津なら完全に適応できるんだろうけど。

 別の作戦。

 日本史、それも戦国時代ならこういう地形を応用して一発大逆転ってことがあるんだけど。 

 地の利を有効活用する方法か、ってその位置自体が不利なんだよな。

 でも歴史的ないくさはそういのをひっくり返してきてる。 

 このあたりは社さんの弦で囲まれてるのに……それを利用できないなんて。

 奥行きって本体おれがいてその奥にドライがいてスーサイド絵画があって、さらにその奥に社さんのいとがあるんだよな。

 

 またスーサイド絵画が左右に動いてる。

 くそっ、なにか方法を見つけないと。

 このままじゃメデューサの首を撥ねられないペルセウスになってしまう。

 スーサイド絵画はまるで俺を見下すように、虚像のスーサイド絵画が右に動いていった。

 くそッツ!!

 おれはこれでもかってくらい悔しい表情をスーサイド絵画に見せつけた。

 また挑発するように動きやがって。

 やっぱりおれの動きを把握してるのか?

 「社さん。式神の鏡ってもっと大きくできるの?」

 「ええ、でも物理的に大きくなると死角が増えるわよ」

 「わかってるよ」

 うしろには社さんお弦があってスーサイド絵画はそれ以上は後退がれない。

 ヴァ合によっては失敗かもしれないけど、確実な作戦を。

 「大きくしていいの?」

 「うん、お願い。式神一体につき今より五倍ほど」

 「そ、そんなに大きく?」

 「うん」

 「逆にスーサイド絵画が式神の裏に回り込んでしまうかもしれないわ?」

 「いよ」

 「なにか考えがあるのね?」

 「うん」

 俺がそう答えたあと、すぐに小さく――えっ!?っと悲鳴をあげたのは社さんだった。