第312話 研修


「私はただの研修ですよ」

 「研修だと? なんでまた六角市に」

 「妹が六角市このまちにいるもので」

 「そうか。そうか。なんていうと思ったか? 六角市に妹がいるから私も六角市に研修にいきたいですって。それがつうじるなら警視庁の警務部もずいぶんと軟弱だな? 一般人は捜査一課が警察の主役だと思ってるけど警察の人間はみんな警務部だと知ってる。なんたって警務部は”警察の中の警察”といわれる監察官がいる部署で署内の人事まで司ってるんだからよ」

 「班長。戸村刑事にいいすぎですよ」

 「大丈夫です。そんな言葉で傷つくくらいなら警察なんかやってませんから。私は六角中央警察署の署長に無理強いして六角中央警察署ここに研修にきました。その無理を受け入れていただき紹介されたのが六波羅班です。ただその代わり六波羅班とは腹を割って話せとのことです。署長の階級は警視正ですので上司の命は絶対です」

 「ほ~署長がね。捜査二課の刑事っていや金融の知能犯罪相手なんかでとくに口が堅い。その口を開くってか?」

 六波羅は取調室にいる刑事になっていた。

 「はい。もちろん服務規律違反になることはいえませんが」

 「俺だってさすがにそこまで求めてねーよ」

 「では六波羅班長にお訊きさせていただきます。よくきく言葉ですけど表にだせないお金ならどう使ってもいいと思いますか?」

 「俺の考えは法に触れる金なら全部アウトだ」

 「では法で認められたお金はなにに使ってもいいわけですよね?」

 「当たり前だろ。法に触れない金なんだから」

 戸村の含みのあるいいかたに、返す刀の六波羅。

 「私はまっとうなお金の流れを探ってるんです」

 「戸村さんよ。ぜんぜん、意味がわからんな」

 「と、と、戸村さん。あの噂は本当だったんですね?」

 「なんだおまえ。また、なんか知ってんのか?」

 「班長。これはマジでやばいですよ。失言とかじゃすまないですよ。私あれ”シシャ”と同じで都市伝説だと思ってましたもん」

 「なんのことだよ」

 「『幸せの形』」

 戸村が答える前に女性警察官が答えた。

 「なんだよ。NPO法人が怪しい経理やってるなんてときどきあるだろ。代表者が寄付金横領したりよ。なんで六角市のNPOの捜査に警視庁の捜査二課がくるんだよ。そんなもん六角中央警察署うちがやるっつーんだ」

 「班長。内閣官房機密費ですよ」

 「あ、そ、それは、また、大きくでたな。き、寄付金どころじゃねーな? でもその噂はおまえの好きなそっち系だろ?」

 「あなたどこでそれを?」

 戸村の態度に六波羅はそれが真実だと悟る。

 「以前取り調べした被疑者がいってたとか」

 「マジなのかよ? 官房長官の一存で動く巨額の金、領収書もいらないし、原則使途の公開も不要。鷹司官房長官ってテレビで見るかぎりじゃそこまで悪人ズラじゃねーんだけどな? 同じ昭和の人間なのに、まあ、それが政治家か。内閣官房機密費が六角市のNPOに流れてるから戸村あんたがきたと。法律上まっとうな金だ、が、それを還流し自分の懐に入れてるとなるとそれはそれは……。そもそも総理はいつまで入院してんだよ。いよいよ大病説も真実味を帯びてきたか」

 「懐に入れてるかどうかはわかりません。どういう動きをしてるかもわかりません。そこでおふたりに訊いてもいいですか?」

 「はい、なんですか?」

 女性警察官が真っ先に返事を返した。

 戸村は二人に手のなかにあるタブレットをかざし、二回、三回スワイプして画面を大きくしていった。

 天井を見上げて照明の位置を確認してタブレットの角度を変える。

 六波羅は椅子に座ったまま身を乗り出した。

 女性警察官の急遽できた上司・・のもとに駆け寄っていった。

 「これまた昭和の人間だな。誰だこいつ?」

 「どなたですか?」

 「めずらしい名字なんだけど。四仮家元也よつかやもとやといいます」

 戸村は、画面をさらにスライドさせた。

 四仮家の別の画像とともに「四仮家元也」とフルネームが記載された写真もある。

 

 「えーと、四仮家よつかりやですか? ほんとにめずらしい名字で、……ですか? で、ですよね? ……ん?」

 

 女性警察官は自問自答しながらなにかを思いだそうとしていた。

 視線が部屋を彷徨う。 

 「心当たりでもあるの?」

 「どこかで見た・・気がするんですよ」

 「見ただと? 聞いたじゃなくて、その名字を見かけたってのか?」

 「ような。なにか古い」

 「おい、古いって俺か? 俺のことか?」

 「いえ、違う、古いもの。えっと古い。そ、そうだ」

 女性はクルっと振り返ると小走りで自分の席まで駆けていき、机に上にあったものをぱたんと畳んだ。

 さまざま添付書類があいだからはみだしている。

 すり抜けるように落ちてきた川相総かわいそうのビラをビニールごと下から引っ張り出して机に置いた。

 「これです、これ。古い調書類の書類です。私、この川相総かわいそうの調書を持ってくる前まで保管庫の整理をしてたんですけど。そこでその名前を見ました」

 「ほんと?」

 「こいつの今の仕事は署長に頼まれた保管庫の整理だ。調書の原本は検察に送られてねーけど送検時に使わなかった書類なんかは残ったまま。保管庫にある書類にその名前が残ってるってことは四仮家は前科者なのか? けど前科がありゃ警察庁の前科者リストでヒットするだろ?ってまあ、ヒットしなかったから戸村あんたはわざわざ六角警察署ここにきて俺らに六角市このまちのことを訊いてるんだろうけど」

 「はい。六波羅刑事の仰るとおりです」

 「検察が不起訴にしたのか? 不起訴なら前科はつかない」

 「そのあたりも調べたいと思ってます」

 「でも戸村さんよ。それは研修とはちょっと違うんじゃねーか?」

 「それは……」

 戸村はいい淀む。

 「まあ、なにかを調べて学べることがあればそれは研修。しかもふつうなら絶対にいえない捜査上の秘密をこれでもかってご披露してくれてる。昭和の俺は気に入った!! おい、ちょっと見てきてやれ」

 「はい、班長。戸村刑事。私、ちょっと調書保管庫見てきますね?」

 「お願いしてもいい?」

 「もちろんです。警視庁のかたといえど階級は上ですし」

 「じゃあ、お願い」

 「はい。では、少々お待ちください」

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